立派すぎないほうがいい
2008年10月15日
タイトルを当初「教師の品格」としたが、急遽変えた。
その理由を書く。今朝、落合小学校で開かれる諏訪地区教育課程研究会に行く途中の出来事。 いつもの狭い道を行くと「通行止め」の標識がある。しかし、車が十分通ることのできるスペースがあるので通り抜けることができるだろうと高をくくって直進。ところが、奥まで行くとショベルカーの工事で完全に行き止まり。工事中の人に30分だけ駐車させてもらえませんかとお願いしたが、「通行止めと書いてあったでしょう」。返す言葉はない。
考えが甘かった。いやそれ以前に考え方が間違っていた。そのことを諏訪地区からお集まりの先生方に挨拶で述べ、笑いを呼んでしまった。
4年前、教育長として議会デビューした時、就任挨拶で引用した詩人の吉野弘さんの「祝婚歌」の一節がふと頭に浮かんだ。
(前略)
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
(後略)
以上の前置きをしたうえで、予定原稿を公開する。
教師の品格 道徳教育、心の教育、品格について
道徳教育ばかりを強調すると精神主義に陥る。」と、先日(9.3)書いた。
「体力・持久力・忍耐力・継続する力」などが、いわゆる「生きる力」を育む。ひょっとして「学力」以上に?
「道徳教育」、「心の教育」の大切さが新学習指導要領で強調されている。僕も人一倍大切だと思っている一人である。子ども・保護者・学校現場により近い立場にある教育長になって、観念論としてではなく、身近な問題としてより一層そのように思うようになった。
「道徳とは何か。道徳は教えられるか。」−大学時代の敬愛する恩師・林竹二(はやし・たけじ)先生(ギリシャ哲学専攻。田中正造・森有礼研究の定説を覆したことを忘れてはならない。)は、講義でこのテーマを繰り返した。(拙著『人間を学ぶ―林竹二先生の人と思想―』径(こみち)書房、絶版)。今は、より切実な現実の問題として考える。
道徳教育を深い部分で理解する一つの方法として、ベストセラーになった藤原正彦さんの『国家の品格』(新潮新書)、明治時代に「太平洋の掛橋」たらんと志した(1862-1933)新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫)に教えられることは無限に多い。繰り返し手に取って読んでいる。
これらの本がベストセラーになる状況を批判する人たちがいるが、組みしない。長い間、「武士道」なるものは封建道徳の典型と誤解して、手に取ろうとさえしなかった。しかし、それは食わず嫌いであった。藤原さんのお蔭で食べてみたら、独特の品格があり、深い味わいがある!若い頃は理解が一面的で、かつ浅かった。
姜 尚 中(カン・サンジュン)さんは、《『国家の品格』の著者などは、しきりに「論理」と「情緒」を対比させ、「論理」の欠陥を指摘して日本的な「情緒」の復権を説いています。・・・屈託なく「日本の生み出した普遍的価値」のうち、最大のものは、「もののあわれ」や「自然への畏怖心」「跪(ひざまず)く心」や「自然への繊細で審美的な感受性」と語っている・・・》(『愛国の作法』朝日新書)と批判しているが、そんなに簡単に二分法で切って捨てることができる内容ではない。ぼくは双方から学ぶものが多い。
誤解のないように次のことも明記しておく。「愛国」について理性的・論理的に語っている『愛国の作法』から、非常にたくさんのことを学んでいる。真摯で凛として生きる東大大学院教授の姿勢は、同時代を生きる僕らを励ます。近著『悩む力』(集英社新書)も好著である。文豪・夏目漱石や社会学者マックス・ウエーバーが生涯どれほどまじめに悩み続けたかを解き明かす。こんな漱石の読み方があったんだ! それにしても、「悩むことはださい」と考える風潮に異議あり!
子どもは、教師の言うことよりも、教師の後姿を見て育つ。徳目を並べて、その大切さを説教しても、子どもの心に沁みこんではいかない。実直で飾らない教師が僕には記憶に残る。
道徳を教える立場にある教師は、自らの道徳心、品格、私の言葉で語れば「人間としての矜持(きょうじ)」が不断に問われることを銘記したい。聖職者と言われるゆえんである。
建前だけで生きていくと、いつか行き詰ると思う。本音だけでも、学校と言う組織では生きていくことができない。人の心には清濁、善と悪が共生しているという厳然たる事実を認め、そのうえで「ただ生きるのではなく、よりよく生きる」(『ソクラテスの弁明』岩波文庫)ことが大切ということを大事にしたい。「偽」でじょうずに生きているととんでもない落とし穴がある。誠実に、かつ遊び心で生きたいものだ。
(今日の予定)
●諏訪地区小学校教育課程研究会(落合小学校)
●10月定例教育委員会 9:30-10:00勉強会、10:00-12:10定例会、〜13:45雑談!それから昼食。
●富士見保育園絵本コーナー、程田園長と懇談。
●15:45-南中・富士見高原中学校合同職員会議(高原中学)、「中学校統合推進委員会」学校関係者顔合わせ。
●町長にお願いと懇談
その理由を書く。今朝、落合小学校で開かれる諏訪地区教育課程研究会に行く途中の出来事。 いつもの狭い道を行くと「通行止め」の標識がある。しかし、車が十分通ることのできるスペースがあるので通り抜けることができるだろうと高をくくって直進。ところが、奥まで行くとショベルカーの工事で完全に行き止まり。工事中の人に30分だけ駐車させてもらえませんかとお願いしたが、「通行止めと書いてあったでしょう」。返す言葉はない。
考えが甘かった。いやそれ以前に考え方が間違っていた。そのことを諏訪地区からお集まりの先生方に挨拶で述べ、笑いを呼んでしまった。
4年前、教育長として議会デビューした時、就任挨拶で引用した詩人の吉野弘さんの「祝婚歌」の一節がふと頭に浮かんだ。
(前略)
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
(後略)
以上の前置きをしたうえで、予定原稿を公開する。
教師の品格 道徳教育、心の教育、品格について
道徳教育ばかりを強調すると精神主義に陥る。」と、先日(9.3)書いた。
「体力・持久力・忍耐力・継続する力」などが、いわゆる「生きる力」を育む。ひょっとして「学力」以上に?
「道徳教育」、「心の教育」の大切さが新学習指導要領で強調されている。僕も人一倍大切だと思っている一人である。子ども・保護者・学校現場により近い立場にある教育長になって、観念論としてではなく、身近な問題としてより一層そのように思うようになった。
「道徳とは何か。道徳は教えられるか。」−大学時代の敬愛する恩師・林竹二(はやし・たけじ)先生(ギリシャ哲学専攻。田中正造・森有礼研究の定説を覆したことを忘れてはならない。)は、講義でこのテーマを繰り返した。(拙著『人間を学ぶ―林竹二先生の人と思想―』径(こみち)書房、絶版)。今は、より切実な現実の問題として考える。
道徳教育を深い部分で理解する一つの方法として、ベストセラーになった藤原正彦さんの『国家の品格』(新潮新書)、明治時代に「太平洋の掛橋」たらんと志した(1862-1933)新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫)に教えられることは無限に多い。繰り返し手に取って読んでいる。
これらの本がベストセラーになる状況を批判する人たちがいるが、組みしない。長い間、「武士道」なるものは封建道徳の典型と誤解して、手に取ろうとさえしなかった。しかし、それは食わず嫌いであった。藤原さんのお蔭で食べてみたら、独特の品格があり、深い味わいがある!若い頃は理解が一面的で、かつ浅かった。
姜 尚 中(カン・サンジュン)さんは、《『国家の品格』の著者などは、しきりに「論理」と「情緒」を対比させ、「論理」の欠陥を指摘して日本的な「情緒」の復権を説いています。・・・屈託なく「日本の生み出した普遍的価値」のうち、最大のものは、「もののあわれ」や「自然への畏怖心」「跪(ひざまず)く心」や「自然への繊細で審美的な感受性」と語っている・・・》(『愛国の作法』朝日新書)と批判しているが、そんなに簡単に二分法で切って捨てることができる内容ではない。ぼくは双方から学ぶものが多い。
誤解のないように次のことも明記しておく。「愛国」について理性的・論理的に語っている『愛国の作法』から、非常にたくさんのことを学んでいる。真摯で凛として生きる東大大学院教授の姿勢は、同時代を生きる僕らを励ます。近著『悩む力』(集英社新書)も好著である。文豪・夏目漱石や社会学者マックス・ウエーバーが生涯どれほどまじめに悩み続けたかを解き明かす。こんな漱石の読み方があったんだ! それにしても、「悩むことはださい」と考える風潮に異議あり!
子どもは、教師の言うことよりも、教師の後姿を見て育つ。徳目を並べて、その大切さを説教しても、子どもの心に沁みこんではいかない。実直で飾らない教師が僕には記憶に残る。
道徳を教える立場にある教師は、自らの道徳心、品格、私の言葉で語れば「人間としての矜持(きょうじ)」が不断に問われることを銘記したい。聖職者と言われるゆえんである。
建前だけで生きていくと、いつか行き詰ると思う。本音だけでも、学校と言う組織では生きていくことができない。人の心には清濁、善と悪が共生しているという厳然たる事実を認め、そのうえで「ただ生きるのではなく、よりよく生きる」(『ソクラテスの弁明』岩波文庫)ことが大切ということを大事にしたい。「偽」でじょうずに生きているととんでもない落とし穴がある。誠実に、かつ遊び心で生きたいものだ。
(今日の予定)
●諏訪地区小学校教育課程研究会(落合小学校)
●10月定例教育委員会 9:30-10:00勉強会、10:00-12:10定例会、〜13:45雑談!それから昼食。
●富士見保育園絵本コーナー、程田園長と懇談。
●15:45-南中・富士見高原中学校合同職員会議(高原中学)、「中学校統合推進委員会」学校関係者顔合わせ。
●町長にお願いと懇談
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