教育長日記子どものための富士見町史読書・研究ノート長野県教育史研究

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人間の尊厳~非違行為研修会に思うこと

2014年09月30日
2014年9月30日/非違行為防止研修会/富士見町教育委員会主催者あいさつ(教育長)

 教員の不祥事が相次いだ。非違行為研修会が県教委、各市町村教委で何回も行われた。私は、「大人であるのだから、やってはならないことは百も承知であるはずだ。 なのになぜしてしまうのかという思いと同時に、お説教のような研修会ならしない方がいいと考えている。
 今日は、警視庁の元刑事の<不祥事は人生のすべてを失ってしまう>という講演をお聞きすることにした。はじめに、主催者として、以下のようなことを簡単にあいさつした。
* 
 人間の尊厳
 ユダヤ人の精神科医V.Wフランクル『夜と霧』1956年初版/ 1945年に約3年の収容生活から解放されると、妻や両親を失っていることを知り、うちひしがれる。そしてすぐに自分の使命を自覚して、絶望的な環境に追い込まれてもなお生還した少数の人間の精神分析を著書にまとめる研究を始めた。

それでも人生に「イエス」という「悩んで、悩んで、悩みぬくこと。
苦しんで、苦しんで、苦しみぬくこと
あなたがどれほど人生に絶望しても、人生のほうがあなたに絶望することはない。」
 人間の精神に対する絶対の信頼がフランクルにはあった。

「どんな時も、人生には意味がある。
あなたを待っている“誰か”がいて、あなたが待っている“何か”がある。
そしてその“何か”や“誰か”のために、あなたにもできることがある
。」 
妻、恋人、子ども、両親、家族/ クラスの子ども、保護者/仕事、研究をまとめることなどがあなたを待っている。 

人間の精神の崇高さ 人間としての尊厳
 ナチスの強制収容所で行われ続けた陰惨な事実にもかかわらず、それでもなお見出すことのできた人間精神の崇高さが世界中の人々の感動を呼んだ。
≪ 彼がこの本でもっとも描きたかったのは、人間以下の牛馬のような扱いを受け、明日の命の保証もない捕虜たちの中に、それでもなお何ものにも冒されない一種の崇高さすら持った精神が息づいていたということ。
 自分も飢えているのに、別のもっと飢えた人に自分のパンを与えた人もいた。過酷な状況にあっても、夕日の美しさに感動する心を忘れない人がいたということです。
人間・教師の精神の崇高さ、人間・教師としての尊厳を忘れない、絶対に。
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