FC2ブログ
教育長日記子どものための富士見町史読書・研究ノート長野県教育史研究

スポンサーサイト

--年--月--日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

おはようございます

2013年07月31日
【御早う】 「おはようございます」の省略表現。
ございます】 朝(午前中)人に会った時の挨拶の言葉。
  <運用>(1)同輩以下には「おはよう」とも言う。(2)芸能・放送の世界で、夜昼間問わず、そのひはじめて会った時の挨拶としてもつかわれる。
         
◆愛用の『新明解国語辞典』(三省堂)に学び、もの申す。
「おはようございます」が正式で、「おはよう」は省略形。だから、同輩以下の者には省略してもいいんだ。
 感想・・・こんな程度の説明? もっと深い意味があるのではないですか。たとえば、いつの時代から、だれが、誰に対して。etc.
◆大判『大辞林』では、「朝、人に会った時の挨拶」「相手が早く来た事に対する挨拶の言葉」
◆『角川類語新辞典』で「挨拶」の「挨」は推す、「拶」は迫るの意で禅問答のやりとりをさす。
*ちなみに、「キス」を引くと「接吻」。「接吻」を引くと、引かなくても分かっていることが書いてある。失格!
□上野駅は1883(明治16)年に開業した。2003年、㊗開業120周年記念の折には、
“北の玄関口”、集団就職の若者への人生の応援歌、井沢八郎の「あヽ上野駅」が歌碑が建てられた。
   
    一、どこかに故郷の 香りを乗せて
      入る列車の なつかしさ
      上野は おいらの 心の駅だ
      くじけちゃならない 人生が
      あの日ここから 始まった



2013年の今年は、㊗130周年記念
  
  ふるさとの訛(なまり)なつかし

    停車場(ていしゃば)の人ごみの中に

     そを聴きにゆく
              啄木
スポンサーサイト

新美南吉生誕100年記念

2013年07月30日
2013/07/30「北海道新聞」コラム<卓上四季>
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/
新美南吉
若い童話作家は、数は少ないが宝石のような詩も書いた。例えば、<おかあさんたちは/みんな一つの、天国をもっています>と始まる「天国」▼それはどのお母さんも持っている<やさしい背中>。あっちこっち揺れながら、そこで赤ちゃんは眠る。<子どもたちはおかあさんの背中を/ほんとの天国だとおもっていました>▼「若い」と書いたが、“永遠に若い”といえるかもしれない。作家は29歳で世を去った。短い創作人生ながら、長く読み継がれる物語を多く残した。「ごん狐(ぎつね)」「手袋を買いに」「花のき村と盗人たち」…題を挙げるだけで「ああ、あの」と名が浮かぶ作家、新美南吉(1913~43年)は100年前のきょう、生まれた▼母親は病弱で彼が四つの年に亡くなっている。幼いころから子守役は近所の少女だったという(斎藤卓志「素顔の新美南吉」風媒社)。冒頭の詩には「母の背」への深い愛惜がにじむ▼創作期は満州事変(31年)から太平洋戦争への時代に重なる。彼が描く「献身と自己犠牲」は国家への忠誠ではなく、分かり合えないと思っていた“隣人”が互いに心を通わす道だ▼童話「ひろったラッパ」では、一旗揚げようと戦場に向かう男が、途中で老人に諭され、種をまき麦を育てた(発刊は戦後)。そこには、親と子が背中の温かさを通じて夢みる平和を守りたい、との願いがこもる。2013・7・30
2013/07/30「中日新聞」コラム<中日春秋>
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2013073002000088.html
 <生(あ)れいでて 舞う蝸牛(ででむし)の 触角(つの)のごと しずくの音に 驚かむ 風の光に ほめくべし 花も匂(にお)わば 酔いしれむ>。きょう生誕百年を迎えた児童文学者、新美南吉が愛知県内の女学校に勤務していたころ、生徒らの詩集に寄せた言葉だ
▼南吉は、踏みつぶされそうなほど小さく弱い命の喜びと悲しみを、歌い続けた。例えば、『でんでんむしのかなしみ』(大日本図書)。主人公の蝸牛はある日、大変なことに気づく
▼「いままで うっかりして いたけれど、わたしの せなかの からの なかには かなしみが いっぱい つまって いるでは ないか」。背負った悲しみを、どうすればいいのか
▼蝸牛は友だちに悩みを打ち明けるが、みんな口をそろえる。「あなたばかりじゃ ありません。わたしの せなかにも かなしみは いっぱいです」
▼幼いころ、この話に心動かされたという皇后美智子さまはかつて講演でこう語られた。<人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ…つながりを深め、それを自分の世界として生きています。この橋がかからなかったり…橋をかける意志を失った時、人は孤立し、平和を失います>(『橋をかける』文春文庫)
▼幼い日の家族との別れや結核との闘い。南吉にとって、作品こそは、自分と世界をつなぐ橋だったのだろう。その橋を、今も多くの人が渡り続けている。
 最近買った『素顔の新美南吉』、まだ届いていないが楽しみにしている。29歳で夭逝。女学生を担任しながらわずか4~5年間に紡ぎだした名品。
 金子みすゞは10年先輩。昨年生誕100年を祝った。先日、政治家は練達の「俗物」にならなければ権力を奪取できず、自分の理想は実現できない(中曽根)と語っているが、どこの国もそうだとは思われない。やはり一回きりの人生。童謡詩人・詩人の心に癒される。
太宰治『人間失格』 2013/07/30「中国新聞」 http://www.chugoku-np.co.jp/Tenpu/Te201307260118.html
太宰を「聴く」
 米国で歴史上、最も売れた本は聖書。では2位は何だろう。尾道市出身の作家高橋源一郎さんによると「ハックルベリー・フィンの冒険」だそうだ。正式な統計ではないが、実際に米国の書店で聞き歩いて得た確証という
▲こちらも高橋さんの推定では、日本のベストセラーは太宰治「人間失格」。文庫の売り上げは現在進行形らしい。興味深いのは日米ともに青春小説ということ。「冒険」と「失格」の違いは、それぞれの気質によるのだろうか▲10年前から大学で文学を教える高橋さん。学生の太宰人気の訳を探るうち、ふと気付いた。登場人物ごとに声音を書き分けているかのよう。抑揚をつけやすい文章はそのまま「歌」なのだと。読者は知らず知らず頭の中で声を出し、口ずさむ▲太宰がいまを生きていれば、ヒップホップをやったに違いない。鎌倉市での講演で高橋さんは、「ほら」とラップ調で何編かの作品を読んで聞かせた。なるほどリズムがいい。音楽漬けの日々を生きる若者の支持もうなずける▲ほかにも朗読向きは宮沢賢治や中原中也という。読書感想文が夏休みの宿題という子どもたち、声に出して読んでみては。思わぬ発見がありそう。

街道をゆく~司馬遼太郎

2013年07月30日
 1997から1998年にかけて、司馬遼太郎の街道をゆくシリーズが放送された。当時はVHSビデオで録画していた。幸い中古品のDVD互換機があるので、久しぶりに観た。

1 湖西のみち、漢のくに
2 モンゴル紀行
3 北のまほろば
4 南蛮のみち
5 長州路・肥薩のみち
6 本郷界隈

 つまみ食いしている司馬遼太郎とも、いつしか近しくなった。本郷界隈では漱石をかなり重く扱っていた。藤沢周平もそうだけど。
そういえば、“知の巨人”加藤週一、井上ひさし、松本清張、藤村、志賀直哉、河上肇、大江健三郎、灰谷健次郎、ミヒャエル・エンデ(みな全集)
■マリオ・バルガス=リョサ (著), 田村さと子 (翻訳)『楽園への道』 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2) (ハードカバー)が気になって仕方がない。二人の主人公の内、一人はゴーギャン。もう一人は誰も想像つかないでしょう。

富士見町百年の大計は教育にあり

2013年07月29日
 自宅書庫の史料を整理しながら斜め読みしていると、戦後60余年間、学会誌、雑誌、新聞、その他のマスコミは、絶えず「教育改革」を言っている。
たいていは、国・文科省が提案して民間側が反対の構図。
 史料を立ち読みしながら、今のことを言っているのではないかと錯覚するほど、同じようなことを言ったり書いたりしている。

 それは、明治以降いつの時代も、戦前であれば富国強兵国家建設の大計の最も効率的な「手段」として、教育がいつも位置づけられてきた。戦後も、国家の目標は変わったが、国家のための手段としての教育という位置づけはいささかも変わらない。

 教育改革を身近に感じ取れるはずの立場の教育長であっても、教育改革は遠いところで論議がされているらしく、自分たちも輪に入って論議をしているという実感はない。

 明治、大正、昭和、平成とずっとそうだった。

★では、富士見町教育委員会にできる教育改革は何か。関心のある方はきっと分かっているはず。スローガン的にいえば、「富士見町百年の大計は教育にあり」。そのことに気が付いていない方は、ちょっと立ち止まって考えてみて。(今晩のおかずは何にしようかしらと考えながらでも)

ネットは民主主義に革命を起こす

2013年07月28日
 ネットは世界中の人々を結びつける。欧州での方が進んでいるらしい。
 先の参院選は初のネット解禁選挙だったが、その成果はどうだったのか。候補者の9割以上(!)がフェイスブックやツイッタ―を使うという。(ほんと?信じられない)昨年の参院選に比べて大幅に増えたというから、進化していくに違いない。

 日本の選挙は国政・地方・地元選挙を問わず、握手を一番多くした候補者が勝つのだいう。連呼、連呼のオマケ付きで。
 中曽根元首相によれば、政治はお世辞を抜きにしては語れない。人に頭を下げ、時には地べたの地蔵にまでお辞儀をする。俗物といえば俗物だろう。だが、権力に近付くことで自分の理想を実現しようとすれば、<俗物中の練達者>とならなければならない(『政治と人生』)。このことばはさすがその道で地べたを這ってきた人でなければない説得力がある。そうまでしなければ権力につけないのだから、賢人はその時点で自分の理想を実現しようとする志を諦めるであろう。

 議論で一番説得力のある候補者が(+α人物)当選して政治をリードしていくあり方とはおよそ違う身近な選挙。なにか透明性に欠けてうさんくさい。

 国政に話を戻して、ネット情報を参考にする有権者は多いが、むしろある新聞の調査では選挙戦が進むにつれて減ったという。発信の中身が政策でないからだろう。昼に何を食べたとか、うちのペットの食欲がないとか、連呼まがいでは握手と同じレベルである。

 民主主義とは自分なりの考えを持つということである。ツールが先行してそれが欠けていては、民主主義選挙も日暮れて道遠し。
●そういえば、教育は民主主義に革命を起こすか。J.デューイの『民主主義と教育』(岩波文庫、上・下)。サイト「読書・研究ノート」に目次紹介。

児童虐待 22年連続増加し続ける

2013年07月27日
 全国の児童相談者が昨年度に児童虐待として対応した件数は、過去最多の6万6千件余で10年前の2.8倍。昨年度だけで99人が亡くなっている(内無理心中4人)。
 統計を取り始めた1990年以降、増加の一途をたどっている。特に2000年代に急増している。

 厚労省は,①児童虐待に対する意識の高まりや②児童と警察の連携が進んだことが、相談・通報が殖えているとしている。救われるのは、虐待そのものも増えているとみている。

 お気の毒な家庭環境の子どもに対するcareは課の縦割りの壁を超えて迅速に対応しなければならない。

 NHK http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130725/t10013291631000.html

 「西日本新聞」社説 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/29101

24歳の直木賞作家の青年「書くことが楽しくて」

2013年07月27日
「書くことが楽しくて」と、戦後最年少で直木賞作家になった朝日リョウさん(24)。

 都内の一般企業で働く社会人2年生。平日は会社勤め、土日はインタビュー取材や対談などで埋まる。集中して執筆できるのは、朝5時に起きて出勤するまでの2時間だけだ。二度寝しそうなときはとにかく急いで家を出て、ファースト店へ。「外に出てしまえば寝ないですむので」。[若い!]

幼い頃から小説を書き続けていたのはなざでしょうか。
 子供のころ、はやみねかおるさんが好きで、児童ミステリーをよく読んでいました。トリックにも興味があります。(中略)小学校6年生のとき、担任の先生から、「日記というよりも、まるで小説を読んでいるみたいです」という感想をもらって、すごくうれしかったことを覚えてきます。[小林:先生の何気ない一言ってとても大事]
書くことが楽しくて、中学、高校とずっと小説を書いていました。初めて文学賞に応募したのは小6です。
                           ( 2013/07/27「be on saturday」)

①外から見た「信濃教育会」の感想を

2013年07月26日
あれは5月連休明けの頃か、「教育の町」、無料塾、移動定例教育委員会、オーストラリアの現地の小学生と富士見町の小学2年生が大きなテレビを前にして英語の授業をする。それにはぜひ参加してみたい。そんな意気に燃えていたころ、「朝日新聞」長野総局の伊藤記者から取材の電話がかかってきた。
「外から見た信濃教育会の感想を聞かせてください」。
「信州では、3つのタブーがあることを知ってますか」
「……」
「庶民にとっては善光寺、商人にとっては八十二銀行、教育県長野だから信濃教育会。この3つは長野県のタブーと言われていることを知っていますか?」
「ええ、…」
「ではなぜ僕に」
「それを言えるのは長野県下で小林さんしかいないだろうと」

 なぜぼくなのか。興味があった。曲がり角とはいえ天下の信濃教育会を現役の教育長が論じること自体が無謀なことなのだ。若い頃からこうして重宝して使われて回り道の人生を歩んできた。

 教育長室でおおむね2時間ほど信州教育を自由に論じた。話題は信濃教育会ばかりではなく、多岐に及んだ。
 2013/05/18の長野版に一面使って信濃教育会特集。記者の記事が半分、。見出しは「信濃教育会曲がり角 会員大幅減 危機感 あり方問い直す」「原点に戻り論議」、信濃教育会の歴史のコラム。あとの半分の上段を、教育会会長後藤正幸さん、下段に富士見町教育長小林洋文さん。

時あたかも富士見中男子生徒が亡くなった翌日。心中たいへん複雑な気持ちだった。あの日を境に、異空間にはまってしまったような心境で、無念。

 後藤さんには無断なので、私の談話を全文掲載する。

富士見町教育長 小林洋文さん
    外から見ると閉鎖的な感じ

②複雑な教員組織と管理職への道 

2013年07月26日
 私は(小中高)学校教育の経験がなく、公募で教育長になった外野の人間です。その私から見ると、県内の教育組織は複雑に感じます。県教委、市町村教委、信濃教育会、教員の労働組合、(記事にはありませんが小・中・高校長会は欠かせません)…。

 信濃教育会の会員でなければ、学校の管理職にはなれないと言われていました。(注:長野県内は大ざっぱにいうと南北東西ごとにそれぞれ幾つかの支部がありますが、日本教職員組合系と全日本教職員組合系に別れています。保護者のみなさんはほとんど知らないことですが、教員の将来を左右しかねません。)私は県短大での教育学研究で多くの(現場の)教員と交流してきましたが、実際に非会員や組合活動に携わる人たちは管理職になれない事例をみてきました。 

 会の人は「今は違う」と言いますが、本当にそうでしょうか。教育界の幹部は校長ら管理職経験者が多い。現職の校長も会員で、県教委の要職にも会員がいる。そうした人たちが一心同体でつながり、全県的な教育行政に携わっている。外から見ると、とても閉鎖的に感じます。

③立場・思想・信条を超えて協力・共同を~子どものために

2013年07月26日
 教育長になって実感したのは、管理職の人材不足です。
多くの校長、教頭は一生懸命やっていますが、中には「なぜこの人が校長をしているのか」と資質に疑問を感じる人もいます。

 私が見てきた非会員の人たちは、優秀な人も多かった。子どものことを思い、頑張っていた。今の教育現場は、こうした人材を管理職として活用しないとやっていけません。幹部の皆さんには、非会員であっても「一緒に教育を良くしていこう」と手をさしのべる懐の深さを示してほしいです。

④若い世代にとって自由な研究の場に

2013年07月26日
会の改革には、大いに期待しています。
最近の教員は多忙なうえに、県教委や教育会の研修にも参加しなければならない。教育会は各郡市にも組織があって、そこでも研修がある。他県の研修メニューはもっとシンプル。整理してほしい。

 多くの会員が参加したくなるように、内容の見直しも必要でしょう。社会で何が起きているのかを知り、教養が身に着けられるような研修をしてほしい。せっかくの伝統あるそしきですから、全国の教員研修をリードするような存在になってほしいです。
                           (完)

教育長の歴史認識を問う

2013年07月26日
 横浜市立中学校の副読本の改訂と回収を、横浜市教育長が市議会で認めたという(2013/07/15「朝日」投書欄、元中学校教員の神谷幸男さん)。
 手続きからみて逸脱しており教育長の越権行為である。教育関連重要事項は合議制の教育委員会の議題とし、過半数で決し、教育長が事務局を統括して執行する。「教育長の責任の強化」を含めて教育委員会制度の見直しが既に文部省内でも進んでいる。しかし「教育長の権限強化」がこんな形で認められる事態もあり得ることになる。もちろん今回の事態も市との連携の下に薦められたものであるに違いないが、こういう教育行政が形骸化を生んだ一因なのではないか。

 投書によると、市は副読本「わかるヨコハマ」を毎年新入生に配布してきたという。実際には特に「軍隊や警察、(中略)自警団などは朝鮮人に対する迫害と虐殺を行い、また中国人をも殺した。」という部分を一部の市議が議会で問題視し、改訂と回収を教育長に迫り、これを教育長が受け入れた。新1・2年生には改訂版が配布され、現3年生分は回収されたという。

 市の市民情報センターや図書館にも昨年度版はないという。横浜市で何が起こっているんだろうか。

 国政レベルでも、一部の政治家が時代錯誤の歴史認識を公式の場で発言して世界中からひんしゅくをかっている。
 正すべきは、教育委員会制度というよりも、制度を支え運用する人間一人ひとりの教養と見識並びに制度自体にある。教育委員会は首長から独立した行政委員会とは名ばかりで、実質的な権限は教育長にはない。(ただし、「首長にもよる」ことも申し添えておかないとフェアーではない)

 歴史問題が起こるたびに私が常に思い起すのは、1985年5月8日、ドイツ連邦のワイツゼッカー大統領の歴史的教養に裏打ちされたあの「荒れ野の40年」という格調高い演説である。(岩波書店から新版、525円)。(少し脱線しますが、残念ながら私たちの国の指導者に、このような見識ある人望家はいません、百年先のことよりも目先の利害ばかりを語って、地位の安泰を図っています。そうさせている責任の一端は私たち有権者にあります。)
 <問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。>
  

 全文は、http://ameblo.jp/study2007/entry-10236801513.html
 若い人たちに期待する。留学先で日本の歴史について知らなくて恥ずかしい思いをしないために。

わたしたちは「中継者」

2013年07月25日
 「いい話だな」と思って切り抜いておいた記事がある。もう終わってしまったが6月9日まで横浜で開かれた「井上ひさし展―21世紀の君たちに―」の紹介記事。最期はこう結ばれている。

< 小説家志望だった父・脩吉さんを4歳の時に亡くした井上さんは、残された本を父と思い、読みつづけた (中略)

 井上さんは、苦しい時に人々を励ます物語や笑いの力を信じていた。それは、一人で作り出すものではなく、両親をはじめ、これまで生きてきた人々の思いや経験を受けとめて作るもので、「わたしたち」は「中継者」だと考えてきた。

 (井上さん自身こう書いていた)「わたしたちには、これまでに書かれた書物をできるかぎり読破し、そういう努力の上になにかましなことを1つ二つ付け加えて、その書物の山を後世に伝えるという役目もあるのではないが。すなわち生命と同じように、知恵にもまた永遠の連続性があるのだ。書物を読むことで過去は、現在のうちによみがえる」> (2013.5.22「朝日」文化欄、太字は傍点)
 
“高名の中に不覚あり”
 今朝の新聞を開くと一面トップに、この3月まで高名な東大教授が率いるグループが43本の論文を明らかに意図的改ざんねつ造していた疑いがある、と。

 加藤元教授は国内を代表する分子生物学者で、有名雑誌に多数の論文を発表してきた。数々の研究プロジェクトも進め、一連の研究には20億円以上の公的研究費が投じられている。この16年間に20人以上の研究者が関わっていたという。“高名の中に不覚あり”
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

 <不正が繰り返されるのか。大学教授などの職に就くためには、論文の数と影響度(引用された回数など―引用者注)が評価の目安になる。公募方式の公的研究費を獲得するには、論文の高い評価が必要になる
日本には米国のような常設の調査機関がなく、不正防止の専門家も少なく、研究倫理の教育も不十分なのが実情だ>。

私のブログはいろいろな人たちの考え方の継ぎはぎだが、だからこそ、誰の意見か、資料の根拠の明示に努める。


「駒ケ根の小学校教諭逮捕 少女のスカート下にカメラ」

続きを読む...

4月新学期の理由

2013年07月24日
 世界の多くの国で、学校は9月新学期制であるのに、なぜ日本は4月新学期であるのか。

 教育史研究者の佐藤秀夫の本(1987年)によると、明治前期は日本でも大学から小学校まで9月新学期制が多かった。帝国大学や旧制高校は1920(大正9)年までは9月新学期制を採用していた。
 
 では、なぜ4月新学期制を採用するに至ったのか?
経緯を見ると先ず東京高等師範学校(後の東京教育大、筑波大)が、1886(明治19)年、4月新学期制を採用した。そして2年後に、府県立尋常師範学校が文部省の指示でこれに従った。

 なぜか。実は徴兵検査届期限が、従来の9月1日から4月1日に改められ、頑健で学力のある人材が師範学校を3月卒業してから9月までの半年間に他に就職してしまう恐れがあった。当時の師範学校生は学費無料で比較的優秀な学生が入学していた。
 さて、そういう訳で陸軍が優秀な人材を確保できなくなる。そこで、高等師範学校・尋常師範学校の入学式を4月に繰り上げて、9月卒業と学期制を改めたのである。
 
以上、陸軍の人材確保のために師範学校の入試の時期が春に改められ、それに引きずられて、日本のすべての学校は、外国にあまり例を見ない4月入学となった。これが4月入学になった第一の理由である。

 第二の理由は、国・県・市町村立学校の会計年度が、1886(明治19)度から4月から翌年3月までの年度会計となったからである。

 春爛漫、「♪サイタ サイタ サクラガサイタ」のオルガン曲で始まる入学式は、本州中部太平洋岸。以南は桜は散っている。以北は桜はつぼみ。富士見町では用務員さんが卒業式・入学式に合わせて満開になるように桜の木のお子守をしてくださっている。「よく満開の桜の下でやれるほうがいいわね」などと言う人は、季節外れの他地区の子どもに思いを馳せてほしい。

 つまり、賛否は別として4月入学制度は動かしがたいと思われていたが、陸軍の都合でそうなったのであって、子ども本位でそうなったのではなかった。

 なお、つい先日東京大学が秋に入学式をやるという改革案を出したが頓挫した。理由は知らないが、つまらない理由でないことを祈る。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20130717-OYT1T01340.htm

★【つぶやき】大事なことが案外一部の利害者の発言で決められている。驚いてばかりいると、前期高齢者の身が持たなのだ!!

政治を軽蔑する者は

2013年07月23日
 今朝の朝日新聞投書欄で、千葉県の著述業・西田勝さん(84)が、
政治を軽蔑してはいけない」と警鐘を鳴らしている。
 西田さんは、<敗戦直後、英文学者の中野好夫さん(注 わたしも大ファンでした)の講演で、
政治を軽蔑する者は、軽蔑すべき政治しか持つことができない
と言うドイツの作家トーマス・マンの言葉を知り、感動した。

 それ以来、自分なりに政治から眼を背けず、非核平和運動に携わり、また汚職疑惑のある地元n市長を追及する運動にも参加している。
 (中略)
 政治はたしかに劣化しているが、そこから眼を背けてはいけない。マンの言葉は、劣化した政治から目を背けたばかりに、その後、ヒトラーのナチズムの台頭をを許したドイツの歴史を思い起こさせるものだ。

【トーマス・マン】
 トーマス・マン(1975-1955年)
 小説『ブッデン・ブローク家の人々』(1901年)『魔の山』(1924年)などでノーベル賞を受賞したド  イツ人作家。1930年代にナチスが台頭したことを厳しく批判して、1933年亡命、亡くなるまで祖国の地を  踏むことをしなかった。
◆「読書・研究ノート」、「長野県教育史」(=鎌倉時代の元寇の役について、「大風」を「神風」に書き変えた)記載。

「今流行っていることはやるな」

2013年07月22日
今回の参院選、南端のジャーナリズムはどんな主張をするのかな? ―そんな思いで「琉球新報」を読むと、お馴染みのコラム「金口木下(木舌のおひねり!)」は、「宮崎駿監督の憲法」を取り上げていた。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-209878-storytopic-12.html 

(前略)▼改憲論議が熱を帯びる中、「憲法を変えようなんて、もってのほか」と反対姿勢を鮮明にしたのは、アニメ映画の巨匠、宮崎駿監督。『となりのトトロ』など傑作を世界に送り出すスタジオジブリが、同社発行の小冊子『熱風』7月号で「憲法改正」を特集し話題になっている
 宮崎監督は96条の先行改正を「詐欺」と断じ、「政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほか」と訴え、国防軍、徴兵制も否定した。代表作『ハウルの動く城』は厭戦(えんせん)的な作品だ。空襲で焼き尽くされる街、逃げ惑う人々。愛する人のために闘い、傷つく者を描いた
 ▼宮崎監督は基本的な心構えとして「今流行っていることはやるな」と警告。中身を熟知しないまま表層的なムードに乗るのではなく、立ち止まって考えようと促す。同感だ

 富士見町は映画「もののけ姫」の舞台となり、監督の別荘もある。しかし、近日上映のアニメ映画「風立ちぬ」には、富士見町は全然出てこないとぼやいていた女性がいた。「ああ、そうなの? それはおかしい」。
 堀辰雄の小説は富士見高原療養所が欠かせぬ舞台。思うに、昨年、病院の新築・改築で、長い間全国のファンに愛されてきた旧病棟が取り壊されてしまったことも影響しているのか。

 古いものは壊せばいいというものではないのだ!!

投票に行こう!

2013年07月21日
「Aにはもう任せられない。実績はないが今度はBにやらせてみるか。」
「う~んBも期待外れだ。」
「C、D、E、F、いろいろ乱立しているが、どれも…」
「いや、まともなことを言っている人もいるかもしれないぞ」

政治に無関心な若者へ
君たちの1票、1票が、ちりも積もれば山となる! 夜8時まで、まだ時間はある。
棄権だけはするな。敵前逃亡という不名誉なレッテルを張られるぞ。

 2年3カ月がたっても復興がすすまない福島県。『福島民報』コラム<あぶくま抄>は言う。
< 本県は震災と原発事故から2年4カ月余を経ても復興への歩みが鈍い。景気回復の実感もなく、政治への失望感も漂う。ただ、「政治は選挙で一票を投じなければ動かない」。投票という験担(げんかつ)ぎが明るい未来を引き寄せる。>

http://www.minpo.jp/news/detail/201307219757 

 

子どもの貧困

2013年07月20日
 7月8日付「香川新聞」コラムが「子どもの貧困」についてとり上げている。
http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/column/20130708000112

<「子どもの貧困対策推進法」が成立した。政府が子どもの貧困対策に本腰を入れる姿勢を鮮明にした意味は大きい。だが、貧困率をどれだけ減らすのか、数値目標を明記しなかったのは、納得がいかない。
 
 経済協力開発機構(OECD)の調査が6月に公表された。国内総生産(GDP)に対する教育機関への公的支出の割合は、日本は比較が可能な先進国中、4年連続で最下位。

 参院選挙後の8月からは、生活保護費の基準額の引き下げが決まっている。影響が心配されるのは就学援助制度だ。(後略)> (抜粋)
◆  ◆  ◆
 教育委員会制度の形がい化が問題になるが、この種の問題は悲しいかな、現行制度では予算編成権は首長が持っていて、教育長は首長の理解を得られない限り、事業化できない。教育委員会制度の問題点、たとえば教育長の責任が明確にされていないなどと批判されるが、昭和31年まで教育長にもあった教育関係の予算編成権の復活の声はどこからも聞こえてこない。

あすの参院選投票に行くか行かないか

2013年07月20日
 「知らないことは罪である」とぼくは考えて、できるだけ多くのことに関心を寄せ、学ぶ努力をしている。いよいよあすは投票日だ。党や候補者の公約・訴えをぼくらはどれだけ知ろうとしてきただろうか。

 1980年ころ、「カラスの勝手でしょ」という言葉がはやった。たしかドリフターズの“8時だよ全員集合”で受けていた。「鳴くのは)カラスの 勝手でしょ?」。しかし、勝手だろ、責任ねえよ、自由だろ。時代の軽薄な風潮を笑い飛ばしていたあの頃。今とどれほど違うかな。そんなに違っていない気がする。

 愛と対極にある無関心という大敵こそ、無気力、無責任、傍観、冷淡。この真理があしたの投票率低下、裏返していえば棄権者の増加につながる。

 世のため人のために学んでいるぼくら。どういう世の中にしたいのか? 自分の意思を一票に投じてみよう。

<世の中の誰もが抱き、しかし気づかぬ大きな過ちの筆頭こそ“無関心”と思う。
“愛”の対義語たる所以はその類語、無気力無責任傍観冷淡と紹介すれば納得できようか。無関心は人を、そして国をも蝕む
▼国を動かす国会議員。来月初旬に参院選公示の公算だが、その前哨戦だった東京都議選。当落より気になるのが、過去2番目の低投票率。昨冬の衆院選でも、郡市全市町村で投票率が低下。候補者や政党の資質、争点不足も否めないが、無関心層の増大だけは明らかだ
▼栃木県の日光東照宮に“三猿”がいる。実はこのサル達、世知辛い現代人よりも先を行く。彼らのこの3つの行為は、決して無関心な現実逃避ではなく、人の欠点は「見ない」「聞かない」「言わない」との人生訓に他ならない
▼職場では上司が部下に、部下が上司に。家庭では妻が夫に夫が妻に、さらにはわが子にも。そして社会では地域や国、その全ての未来に無関心のままで、いったい何が好転するのか
まずは情報を取得、自らの意志を固めて行動だ

▼物珍しさでネタ探し、陰で噂をたてては悪口をたたく現代人を、三猿が笑う。無関心と共に、要らぬ関心も不要だと。(2013/06/25「人吉新聞」コラム<瀬音>)

欲を言えばフェイスブックのように応答的関係になれば

2013年07月19日
このブログももっと意義が出てくると思うのです。コメントは、管理者のみ閲覧、公開どちらも選択可能です。
「もの言えば唇寒し」では我々らしくないと思うのです。

本来規制されるべきでない真摯な恋愛や性行為まで処罰の恐れ

2013年07月19日
 長野県弁護士会(諏訪雅顕会長)は16日、18歳未満の青少年のみだらな性行為を禁じる規定を盛り込んだ淫行処罰条例を県が制定することに、反対する声明を発表した。私も以下の理由で反対である。

 「信濃毎日新聞」http://www.shinmai.co.jp/news/20130717/KT130716ATI090027000.php


 長野県は全国の都道府県で唯一、18歳未満との淫らな行為を処罰する青少年健全育成条例を持たないで、目的を果たす努力を長年にわたってしてきた。これも「教育県」長野の誇りであった。

 先日の富士見町青少年健全育成町民会議に出席した折、難航する町内の有害自販機撤去を県の条例制定を見守ってすすめようという主旨の意見が目立った。従来なかった動きであり、驚いた。条例制定はいちばん安易な道である。私たちは「取り締まり」的発想で健全育成をしてこなかった。その伝統をこれからも大事にぢながら青少年と心の交流を深める道を模索すべきである。
 県、県警に方針転換の動きでもあったのだろうか。

 草の根の会合で議論すべき事柄を、子ども不在・保護者不在の場所で先行することに懸念を表明する。
子ども(0~20歳)の子どもを持つ人、または幼稚園・保育園・学校関係者・PTA・子ども会育成会はこの問題を自分たちの問題として議論しよう。県の選んだ「専門家」に託する問題ではない。

 県弁護士会によるとメンバーも明らかににされていないとか。すべては信頼(民主主義の手続き)のうえに成り立つ。人間育成はその最たるものではないか。

婚外子の差別について考える

2013年07月18日
 関連ブログ「読書・研究ノート」(2013.14/15)で「愛の形」「家族の形」について書いたが、本欄でも考えたい。

 婚外子とは
 『知恵蔵2013』によると、「婚姻届を出していない男女間に生まれた子。非嫡出子。2004年11月、戸籍法施行規則が改正され、婚外子の戸籍の続柄欄の記載方法が改められた。それまでは嫡出子と区別して「男」「女」と表記されていたが、嫡出子と同じく「長男」「二女」などと記載されることとなった。法務省が方針転換した背景には、「一見して非嫡出子と分かる記載方法はプライバシー権の侵害だ」と指摘した、04年3月2日の東京地裁判決がある。」>( 吉岡寛弁護士 )。http://kotobank.jp/word/%E5%A9%9A%E5%A4%96%E5%AD%90


●「中日新聞」コラム<中日春秋>(2013.712)http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2013071202000098.html
 <▼「児童の権利に関する条約」は世界中の子どもの尊厳を守るためにつくられた。その二条は<児童又(また)はその父母…の人種、皮膚の色…出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し…確保する>よう各国に求めている

●「毎日新聞」社説:<婚外子差別 違憲判断の機は熟した>(2013.7.12)http://mainichi.jp/opinion/news/20130712k0000m070114000c.html
 <婚外子側は「選択の余地のない出生によって子どもが差別を受けるべきではない」「自分の価値が半分だと言われた気がした」と、規定によって差別が助長され、劣等感を抱いてきたことを切々と訴えた。
 もっともな意見だ。最高裁大法廷は1995年、法律婚尊重の観点から規定を合憲と判断したが、事実婚やシングルマザーの増加など家族の形は多様化し、社会の価値観も変わった。明らかな不平等を放置する合理性はもはや見つけられない。>


●「子どもの権利条約」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/data/child_report_2_ja.pdf (11ページ)

自分なりの意見をもてるようになることを期待して、問題提起した。

乗り過ごす

2013年07月17日
午前9:30~11:45、定例教育委員会。
境小・河西「校長職務代理」に電話。今後の学校運営について指示。
本郷小今井校長に相談、指示。
午後、富士見中へ。校長、教頭と打ち合わせ。

 この2ヶ月間の緊張と過労で、疲れやすい。
帰りの電車、乗り過ごす。
「お客さん、お客さん 終点です」
これで何度目か。

感銘深かったアララさんの国連演説

2013年07月15日
 今朝の「天声人語」は、一国の首相(大統領)よりもはるかに人の心をを打った少女の演説について、珍しくコラム子の感情も交えて書いている。普段は専用の書写ノートに書いているのだが、きょうはキーボードを力いっぱいたたいて、他紙の読者にも伝えたい。
 なお、本文に入る前にお願いがある。you tubeで彼女の生の演説を聴いてほしい。


 若くして歴史に残る存在となってしまったことの重さはいかばかりかと思う。しかし、この少女ならその重さを正面から受け止め、力に変えていくのではないか、とも思わされる。国連での演説はそれほど感銘深いものだった。▼ぱキスタンで武装勢力に頭を撃ち抜かれたマララ・ユフスザイさん(16)が12日、ニューヨークに姿を見せた。イスラム過激派の逆鱗(げきりん)に触れた「女の子にも教育を」の信念はより確かなものとなったようだ。▼事件が彼女の志を砕(くだ)くことはなかった。むしろ彼女の中で「弱さ、恐怖、絶望が死に、強さ、力、勇気が生まれた」という。「本とペンを手に取ろう。それが最強の武器なのです」。堂々の語り口は理想を追う政治指導者の風格すら感じさせた▼自信をも銃撃したテロリストをも赦(ゆる)す。「彼らを憎んではいません」。慈悲の心、非暴力の哲学、預言者ムハンマドやキリストからがんじー、マザー・テレサまで、先哲からの学びの厚みが言葉を支える▼世界では多くの女子が低年齢での結婚を強要されたり、無理に働かされたり、人身売買させられたりしている。彼女らの人権を守れ。マララさんは、日本の憲法の前文でいう「人類普遍の原理」に立っている。▼元は西欧起源の思想かも知れない。しかし、それが南西アジアの少女の血肉となり、武器となる。その意義をわかち合った聴衆のl総立ちの拍手は、世界に残された希望である。普遍の原理があまりお好みでなさそうな為政者にも、ぜひ画像で見ていただきたい。

新美南吉生誕100年 没後70年

2013年07月15日
 児童文学をテーマに卒業論文を書く大学生は、宮沢賢治について新美南吉が多いと知って、なるほどと思った(浜野卓也『新美南吉の世界』講談社文庫、1973年初版)

 どの小学校の国語の教科書にも載っている新美南吉(にいみ・なんきち)の童話「ごんぎつね」。結末は、何度読んでも哀れで物悲しい。

 ……ごんは、ぱたりとたおれました。兵十はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりがかためておいてあるのが、目につきました。
「おや。」
と、兵十は、びっくりして、ごンに目をおとしました。
「ごん、おまえだったのか、いつも、くりをくれたのは。」
ごンはぐったり目をつぶったまま、うなずきました。
兵十は火なわ銃を、ぱたりと、とり落としました。青いけむりが、まだ、つつぐちからほそく出ていました。 
        (講談社文庫、p.54)

  東京外国語学校入学の年、『赤い鳥』1月号に掲載された。大学卒業後(中退説もある)喀血、帰郷して愛知県立安城(あんじょう)高等女学校1年生を受け持つ。2年、3年、4年と持ち上がり、その女学生を卒業させた後、病死。享年29歳。(1913-1943年)
 「病がしのびよってくるが、南吉は執筆を続ける。(中略)死を前にして、それでも書きつづける南吉のすがたは、壮絶であり哀切だ。」(2013.6.16「東京朝日新聞」書評・宮川健郎)

 「本当の教師とは」という問いを立てても喧々囂々(けんけんごうごう)、議論が議論を呼んで、収拾がつかないに決まっている。思うに南吉は女学生に教える傍ら、空き時間の全てを童話の創作にあてている。が
 私は思う。(自分が命がけで追究・創造する分野=核)をもっている先生は、教師の資質として必要条件を満たしているのではないか。+十分条件は何か。それは自分で考える。

続きを読む...

プチ床屋談義

2013年07月14日
床屋にでも行って気分をサッパリしてくるか。(A:床屋 B:お客)

A「お客さん、今日はお勤めではないんですか」
B「えぇ、今日は日曜日でしょう」
 (どうもこのへんからおかしくなってきたぞ?)
A「あぁ、そうっか」
A「明日はお休みですね」
B「ぇ! ほんとうですか。何の祝日ですか」
A「いやぁ、わかりませんけど」
B「そうですか、もうかった気分だなあ」

ああ、ボケが混じっているのが気がかりだが、ルンルン気分で家路に。

退職後の秘訣は「キョウヨウ」と「キョウイク」で

2013年07月14日
  今日は日曜日なのに習慣化はたいしたもので5時に目が覚める。朝食までの間朝刊を読む。コラムに目がゆく。笑った。

 体が引き締まり、日に焼け、すこぶる元気そうである。すこし前に退職した会社の先輩と先日偶然会い、立ち話をした。日々の暮らしぶりを楽しげに語ったが、そこには秘訣(ひけつ)があるらしい▼「キョウヨウ」と「キョウイク」なのだという。教養と教育かと思いきや、さにあらず。「今日、用がある」と「今日、行くところがある」の二つである。なるほど何も用事がなく、どこにも行かない毎日では張り合いがあるまい。かつての同僚から聞かされて実践しているという。 (今朝の「朝日」天声人語)

  退職後の生活をどう送るかは難しい問題だけに、今朝はコラムを読んで楽しい気分になった。朝から爽やかなプレゼント、ありがとう。

学ぶ権利

2013年07月14日
 きのうパキスタンの少女アララさん(16)ことを書いた。一晩寝たら、「ユネスコ学習宣言」(1985年3月採択)を思い出した。

 学習権を承知するか否かは、人類にとって、これまでにも増して重要な課題になっている。
 学習権とは、
  読み書きの権利であり、
  問い続け、深く考える権利であり、
  想像し、創造する権利であり、
  自分自身の世界を読み取り、歴史をつづる権利であり、
  あらゆる教育の手だてを売る権利であり、
  個人的・集団的力量を発揮させる権利である。

 成人教育パリ会議は、この権利の重要性を再確認する
  ……
 学習権は、人間の生存にとって不可欠な手段である。
 もし、世界の人々が、食料の生産やその他の基本的な人間の欲求を満たされたいことを望むならば、世界の人々は学習権をもたなけれならない。(続く)

長野県立大学はどんな大学になるのか?

2013年07月13日
 「河北新報」のコラム<河北春秋>(7.1)は国際教養大学の中嶋峯雄学長のお別れの会のことを載せていた。同じ松本市出身で高校の同窓会長という関係であったが、そんんこととは全然関係なく純粋に大学の理念の部分で心底共感し合っていただけに、急逝は無念の一語に尽きる。
http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20130701_01.htm

 県立大学の構想が事務局から出されてきたが、期待していたものとは大きくかけ離れていた。どういうブレーンが進めたのか、その舞台裏は全く知らないが、県議のみなさんの綱引きの責任は重大です。利権誘導集団にだけは堕していただきたくない。知事は中嶋さんと近い考えと仄聞(そくぶん)していたが、いつのまにやら呉越同舟のようで、落胆した。
 長野県教育がここへきて急に失速して、手の打ちようがない。

 義務教育からの長野県教育の再生は無理。この際高校を飛び越えて、一気に目の覚めるような国際的にも一流の教授陣をそろえた高等教育機関を創立して、上から長野県教育を変えていくという大胆不敵な戦略を考えていたが、中嶋先生亡きあと、それだけ壮大なスケールで構想できる人物がいなかったということだろう。
 
 先生のお招きで秋田杉の中に屹立す国際色豊かな大学の思い出は、今も鮮明であが、まだあの頃は「長野県にも」という夢をもっていたぶん幸せであったと言うべきか。

Lady Liberty 公開を再開

2013年07月13日
abcニュースシャワーを聴く(動画)

http://www.nhk.or.jp/worldwave/abc/

7月5日 自由の女神 公開再開
ハリケーンの被害を受け閉鎖されていたニューヨークの「自由の女神像」が、独立記念日に合わせて公開されました。
キーワードは、Lady Liberty「自由の女神」の別名。
ABCニュースは、さっそく数多くの観光客が訪れていると伝えています。

“全ての子どもに教育を”マララさん 国連演説(抜粋)

2013年07月13日
 パキスタンで女子教育権利などを訴え、イスラム武装勢力に銃撃されてい時事、重傷を負ったアララ・ユスフザイさん(16)が国連で行った演説(朝日新聞デジタル版)

 「マララ・デー」は、権利を訴える全ての女性や子どもたちの日だ。女性や子どもたちのために、教育を受ける権利を訴えたい。何千人もの人がテロリストに殺され、何百万人もが負傷させられた。私もその1人だ。その声なき人々のためにも訴えたい。教育の権利や機会の平等、個人の尊厳のために戦う人々のために。

 テロリストは私と友人を銃弾で黙らせようとしたが、私たちは止められない。私の野心、希望、夢は何も変わらない。

 私は誰にも敵対はしない。全ての子どもたち、タリバーンやすべての過激派の息子たちや娘たちに教育を受けさせたい。全ての人々に平和と愛を。暗闇を見る時、光の重要さに気づく。沈黙した時こそ、声の重要さに気づかされる。

TBS動画ニュースfff
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5381958.html
 パキスタンで女子教育の権利などを訴え、イスラム武装勢力に銃撃されて一時、重傷を負ったマララ・ユスフザイさんが12日国連本部を訪れ、演説を行いました。

 「全ての子どもの教育の権利について声を上げるため、ここに来ました」(マララ・ユスフザイさん)

 この日、16歳の誕生日を迎えたマララさんは、パン・ギムン事務総長や世界から集まった若者らを前に演説を行いました。

 「テロリストは私たちの目標を変えさせ、思いをくじこうとしました。しかし何も変わっていません。変わったのは、弱さや恐れ、絶望が消え、強さと力と勇気が生まれたのです」(マララ・ユスフザイさん)

 マララさんは去年10月、イスラム武装勢力に頭などを銃で撃たれ重傷を負いましたが、その影響を感じさせない力強い演説を17分間行い、全ての子どもが教育を受けられる世界の実現を訴えました。

 「1人の子どもが、1人の教師が、1冊の本そして1本のペンが世界を変えます。“教育”が唯一の解決策なのです。まず“教育”を!」(マララ・ユスフザイさん)

 「感激して途中で泣きそうになりました」(アメリカ人女性〔16〕)
 「まだ16歳なのに信念のため声を上げ、これだけのことを成し遂げたのはすばらしい」(アメリカ人女性〔19〕)

 国連はこの日を「マララ・デー」と名付け、不屈の精神を讃えました。(13日10:46)

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5382166.html

http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2955608/11034543

「全ての子どもに教育を」~マララさん(16)国連で訴え

2013年07月13日
 朝刊を読む。自分の周囲の平凡な日常生活ではありえない非人道的な事が世界各地では起きている。私たちは知らないだけだ。

マララさん、女子教育の権利訴え  「希望と勇気、国変える

< パキスタンで昨年10月、女子が教育を受ける権利を訴えて武装勢力に頭を撃たれたアララ・ユスフザイさん(16)、が日本時間12日深夜、ニューヨークの国連本部で演説する。
 銃撃されても信念を曲げず、教育を受けられない子どものための活動を続けると世界にアピールする。
ユネスコによると、世界で小・中学校に通えない女子は約6500万人で、男子を大きく上回っている。>(朝日、東京12版)

 国連演説を終わったのちの同紙デジタル版http://www.asahi.com/international/update/0712/TKY201307120455.htmlは、アララさんの国連演説写真を3枚掲載し、次のような見出しで詳報。

マララさん「教育が全てを解決」  銃撃乗り越え国連演説

 マララさんは「教育こそが全てを解決する」として、すべての子が教育を受ける権利を得られるよう訴えた。銃撃後も信念を曲げず、教育を受けられない子のために活動を続けると全世界にアピールした。
  ちなみに、2006年の第1次安倍内閣は「教育基本法」前文<われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で平和的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力に待つべきものである。>の最後の太字の文章を削除した。「教育基本法」の魂が抜かれた。慙愧に堪えない。
 16歳の少女アララさんのまっすぐで純粋な訴えとの違いを世界はどう見るだろうか。

 いまなら動画で彼女の感動的な演説を聴くことができる。
 http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5381958.html

死因 多角的に調査中

2013年07月12日
<午前>
8:30~10:30 第4回富士見中学校生徒死亡に関する調査委員会(7委員)
10:30~11:00 共同記者会見(正副委員長)
11:00~12:30 遺族代理人(弁護士)に対する説明(正副委員長)

若者の相談機関

2013年07月11日
 今日の「朝日新聞」声http://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=editor&process=load&eno=2361欄で、武井美栄子さん(長野県上田市)が、日本の若者が社会制度の知識がないばかりに、苦労しているという声が載っていた(「社会の制度を教育機関で教えて」)。

 富士見中学校では、昨年から「なるには教育」「キャリア教育」という名前でこの分野の教育を始めた。
とりわけ「なるには教育」の名称の由来は『保健師になるには』『保育士になるには』『美容師になるには』など『○○○になるには』シリーズが100巻を超え、なお出版され続けているところからきた。
 講師は地元の中学校を卒業した20代のお兄さん、お姉さんが自動車工として、弁護士として、JRの車掌さんとして、植木職人さんとして、仕事着姿で商売道具を持ち込んで生き生きとその仕事の魅力を話してくれる。
 町在住のキャリアコンサルタントの方が、適正能力検査を開発して試験。すごく自分に対して当たっている!と好評。
 富士見中学校では1年生で「なるには教育」を導入、2年時は職場体験、3年時は、その資格をとるための学校見学をするなどしている。

 詳しくは町図書館、中学校に問い合わせてください。

 中学校、専門学校、高校、大学で学ぶ他に、市町村役場の窓口を訪ねて用件を伝えれば、親切に相談に乗ってくるはずです。積極的に利用して下さい。

【今朝の社説】
 信濃毎日新聞「日本国憲法 重みを意識して1票を」
 <(前略)衆院では自民党や維新の会など、既に改憲派勢力が憲法改正を発議できる3分の2以上を占める。参院でも同様の構成になれば、安倍首相は最大のチャンスととらえるかもしれない。選挙の結果次第では改憲が具体的な政治日程に上ってくるだろう。
 こんどの参院選は、改憲の是非を初めて国会の場で議論し、結論を出す可能性のある議員を選ぶ選挙である。その重さをしっかり意識して投票に臨みたい。>

壮大な構想力は日本・富士見町を救うか

2013年07月10日
 日大・水野教授(経済学)の書評を読んで、その圧倒的な宣伝力を信じて『人口減少社会という希望』(広井良典千葉大教授著、2013年4月刊)を早速購入し読み始めた。(以下、2013.6.30「朝日新聞」)

成長主義者は本書を読んで、どう反論するだろうか。
これまで幾度となく成長戦略が打ち出されてきたものの「失われた20年」は、なぜかいまだに終わらない。
本書が指摘するように、そもそも経済成長が「信仰のようなもの」だったのだと考えれば合点がゆく。官僚や財界にやるきがあるとかないとかいうことに問題があるのではない。

 本書は斬新な「資本主義論」を語る経済書であるばかりでなく哲学書、宗教書であり、科学史、人類史をも扱っており、近代稀にみるスケールの大きい書である。

 現代日本が直面している諸問題が、数撃ちゃ当たる式の経済成長策で解決できるほど生易しいものではないことが良く理解できる。

 同時に、著者が10年以上にわたって構想してきた「定常社会論」構想の集大成版とも位置付けることができる。

 グローバル化の先にローカル化を見る著者
 本書を読んで強く感ずるのは、政府の成長戦略にはこうした壮大な構想力が決定的に欠けているということである。>

続きを読む...

疲労をため込みやすいタイプ

2013年07月09日
 まさかのダウンである。休養するしかない。職場の理解に感謝。

 「攻撃的で競争心も強いなどの特徴をもつ。仕事中心主義に通じ、疲労感を抑制する傾向がある。精力的に物事を進めるため、結果的に疲労をためこみやすい人たちだ。」(以前に紹介した飯島裕一『疲労とつきあう』)
 18㌻に紹介されている前田聡の12のチェックリストで自己診断した。

1 忙しい生活をしている ○
2 毎日の生活で時間に追われているような感じている ○
3 熱中しやすいほうである ○
4 仕事に熱中すると他のことに気持ちの切りかえができにくい △
5 やる以上は徹底的にやらないと気がすまないほうである ○

続きを読む...

参院選の憲法改正論議

2013年07月08日
 日本国憲法の第97条は、肝心要の条文である。
<この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対して、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである>

▼多数決でものを決める民主主義。
▼それでも侵すことのできない基本的人権を守る立憲主義。

 両者は時に鋭く対立する。
 参院選の争点の一つ ――憲法改正論議を20歳以上の若者はどれだけ正確に理解できているだろうか?

 ところで、学校と選挙はどうつながっているか。「学校は良識ある公民としての必要な政治的教育は、教育上尊重されなければならない」(「教育基本法」第14条)と定めているが、どれだけ日本の社会の現実に即した教育を行っているか。 選挙の前提としてのシチズンシップ(Citizehship Education市民性)教育は日本ではそうとう遅れているのではないか。
20歳以上選挙権をもつものは、地縁、血縁、人脈、利害関係、派閥にきっぱり縁を切って、政策を研究し言行一致の人柄であるかを検証し、政治家としての誠実な人柄をよく確かめて清き一票を投じよう。

 以上、紆余曲折の我が政治体験記!
 政治の世界に代表される人間の裏表。だますーだまされる、信じるー裏切られる、期待するー期待外れ、上下関係(優越感ー劣等感)、自己顕示欲、権力欲、義理と人情のがんじがらみ、世間のしがらみ。・・・➔世界と日本のあまたの文学・映画・戯曲・芸術の数々は、それらを余すところなく書き続けてやまない。

 中でもより増しな人物を選ぶのが現実の日本の選挙。参院選、町長選も迫っている。

多彩な「愛」

2013年07月06日
 岩波『国語辞典』現在は第七版発売中だが、手元にあるのは第三版(1981年)。以下、断りのない限り第三版を見る。辞典を手にとったが、字が小さくて読めない。虫めがね読むが、なんと非効率的なことか。

【愛】アイ いとしむ めでる かなし まな おしむ
①かわいがる いとしく思う。 いたわる。
 愛憎・愛妻・愛娘・愛情・恩愛・慈愛・偏愛・博愛・寵愛・親愛・敬愛・鐘愛・情愛・溺愛・母性愛
②男女が思い合う・親しみの心でよりかかる・愛執・愛欲・相愛・恋愛・求愛
③好む・面白いと思う・「愛好・愛玩・愛読」
④大切にする。「愛郷・愛護・自愛・友愛・祖国愛・遺愛」
⑥愛蘭(アイルランド)の略

 「愛」ひとつとっても、これほど多様な意味合いがある。言葉の海を泳ぐのは楽しい。

言葉の海 ~辞書を読む

2013年07月05日
 小説の大家が「辞書」を読むということを聞いて、「えっ、あの細かい字がぎっしり詰まった分厚い本を読むの」とその行為に感嘆したものだ。そのぼくが、辞書を引き比べながら、複数の辞書をを読み進めようと思う。
た。
 真っ先に選んだ言葉はもちろん「恋愛」。 (わが青春に悔いなし)

 最近しょっちゅう使わせて頂いているインターネット上の便利な電子辞書では、
恋愛】特定の異性に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、男女が互いにそのような感情をもつこと。「熱烈に―する」「社内―」。

 ぼくが、「これはいい」と買い込ん『新明解国語辞典』(三省堂)。教育長に就任したばかりの2005年1月、第六板が出た。さて、この方では、どう定義してあるかな?
恋愛】特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。「熱烈なーーで結ばれた二人」「恋愛結婚」恋愛小説、恋愛至上主義。

 三省堂版はわが青春時代の恋の体験にぴったり重なるのだ! 恋をし、「あなたがすべて」と思いこみ、失恋し「この世は真っ暗だ」と絶望体験した者にしか絶対に!分からない心境が書かれている。編集者仲間の体験の合作に違いない。 
 あなたの辞書ではどのように説明していますか。 

小説のコラムを毎日書き写すことと同時に、辞書の読み比べも楽しみの一つになった。

アジサイ(紫陽花)

2013年07月04日
 七変化(しちへんげ)はアジサイの別名だという。なるほど。青、紫、桃紫、淡桃、白地に赤の紅額アジサイ、白、緑と微妙に色が七変化していくアジサイ。

  紫陽花や きのふの誠は けふの嘘      正岡子規 

 どういう状況、どういう心境で詠まれた歌かは知らないけれど、七変化の花の色を移ろいやすい人の心に重ね合わせて詠んでいる。さすが子規、うまい! と共感。

 ―― 今朝の「天声人語」を読んで

[私は仕事人間だ]と自覚して

2013年07月03日
気は長く

 心は丸く

 腹を立てずに

 人は大きく


http://ameblo.jp/icg15856/image-11454632407-12387855247.html

御一新がこんなことでいいのか

2013年07月02日
 <木曽路はすべて山の中である。>
で始まる島崎藤村の大長編小説『夜明け前』は、何かあるときに必ずひもとく座右の書である。今回は、角川ソフィア文庫のビギナーズ・クラシックのダイジェスト版で、あらすじを追った。

 木曽十一宿の馬籠宿(まごめじゅく)の本陣(参勤交代の大名や幕府の役員の世話をしたり宿泊させたりする)・問屋(といや 宿場の責任者)・庄屋(村長役)の三つを兼ねた旧家・青山家の当主、青山半蔵(藤村の父がモデル)。

御一新がこんなことでいいのか。」

 ……やがて半蔵の精神に異常が見られるようになった。自宅の座敷牢(ざしきろう)にとじこめられた半蔵は、ついに狂死する。

 半蔵を埋葬しながら、弟子たちは言う。
「お師匠様のような清い人はめったにいない、あんな人を俺は見たことがない」と。

 御一新を夢に見、実現された御一新に裏切り続けられた男の死。享年56歳。

 半蔵を自分に重ねて見ている自分がいる。「教育長はまじめ過ぎるから」「教育長は他人をすぐに信じるから」。

 『夜明け前』は、決して過去の話ではない。現代でも、「期待はずれだった」、「裏切られた」…そんな事実はあとを絶たない。わたしは、そういう思いで今日の日記を書いた。

上手に手抜き

2013年07月01日
 電車の中でぱらぱらと本をめくる

<うつ病には、きまじめでいいかげんなことができない、責任感が強いなどの性格的な要因があります。
 私は、整理能力に問題があるのだと思います。いろんな仕事が押し寄せてきたばあい、大事なものと手を抜いていいものとの重みづけが苦手です。>

<そう、片っぱしから何でもする傾向がありますね。こなせるうちはいいのですが、かかえこみすぎると疲弊するのです。うつ病になりにくい人は、上手に息抜きをしています。>
      (飯島裕一『疲労とつきあう』(岩波新書、1996年、p.212)

<うつ病になりやすい人の性格は、責任感が強く、熱中型、まじめで、きちょうめん。……適当にやっている人間は心配ないということなのだ。
 複雑な気持ちになる。やっぱり人間は不条理な存在なのである。
 こう考えると、心を病む人間の方がはるかに人間的である。どうせ1回きりの人生、ぼくは「人間的に」生きたい。いいかげんに生きたって空しい。>


 <「あせりとゆとり」は対の概念。あせりが出てきたら危険信号ととらえ、気持ちの転換をはかってほしい。>(p.96)
 
プロフィール
~「教育長日記」創刊の辞~
(2008/8/16)

小林 洋文

管理者:小林 洋文

カレンダー
最新の記事
コンテンツメニュー

カテゴリー別記事一覧
全記事をキーワードで検索
全記事(数)の一覧表示
全タイトルを表示
バックナンバー
QRコード(携帯用)
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。