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教育長日記子どものための富士見町史読書・研究ノート長野県教育史研究

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祭だ 祭りだ

2010年07月31日
 今日は富士見町の夏祭り。午前中は、サブ会場の信濃境駅まで歩た。途中の町民広場までは車で行ったが、それでも片道50分はかかった。
 途中、旧南中はどうなっているかな?と思って寄ってみたら、茅野市の中学生の野球部が練習していた。閑散としているかと思いきや、中学生の元気の良い声が響いていた。ウイークデーはたぶん静まりかえっているのだろうが、こうして活用していただいていることはありがたい。

 正午から、役場に隣接するグリーンカルチャーセンターン前を主会場として、富士見太鼓、フラダンス、町内全保育園児の踊り、諏訪御柱の木遣り歌等々、次々に繰り広げられる。その催しをぼくは本部席のテントの中に座って始めからフィナーレの花火まで全部見学した。
 午後3時頃から御柱曳き。八ヶ岳と入笠山の2チームに分かれ、超ビックな景品が何本もついた対抗戦。夜6時からはハイライトの踊り連。
 夏の風物詩が終わったのは午後9時近く。駅路を急いでいる人たちの一人が「これで富士見の夏はおわったね」。
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富士見OKKOH祭

2010年07月30日
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明日31日(土)は、今年で27回を迎えるオッコー祭。
教育長(副祭典委員長)の行動予定は次のとおり。

10~11:30 信濃境駅前
12:00 開会式(グリーンカルチャー特設ステージ)
15:30 多摩市長と懇談(町長室)
16:00 東都高原富士見会出陣式(町民センター)
16:00 町職員互助会出陣式
17:00~17:40 〃
18:00 踊り連開会セレモニー
18:30 OKKOH踊りスタート(審査)
20:10 ミズオッコー表彰式
20:25 踊り連表彰式(教育長賞授与)
20:40 終了
~20:55 フィナーレ(花火、キャノン砲)
●学校長の「本郷小7月の学校状況(報告)」を読む。
●本郷小「校長連絡」№7~9を読む。「今後、校長連絡は、職員会議に限らず、時々ちらほらと出していきます。扱うこともあるし、暇だったら読んでおいてという場合もあります。よろしく。」
●境小・富士見小校長からの「7月の報告」を読む。富士見小にPTAの提案で「母国語が日本語でない保護者の会」発足(7/23)とのこと。
★「富士見中学校PTA会報」№1を感慨を持って読む。会報の名称の由来に「なるほど」。
●境小「校長室だより」№20を読む。

ことわざに学ぶ

2010年07月30日
 我が家の日めくりカレンダーを毎朝めくる。先人の教えにうなずくこと多々あり。

「深い川は静かに流れる」

「火で火は消えぬ」

小学校の教科書展示中

2010年07月29日
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 来年度から、全国のすべての小学校で教科書が新しく変わります。
小学校の教科は、国語、社会、算数、理科、生活、音楽、図画工作、家庭、体育の9教科で、その他に、来年度から5・6年生が必修になる外国語(英語)、道徳の授業、総合的な学習の時間、特別活動があります。
 教科書は、どの教科も数社の教科書出版会社が採択を期待して教科書を作成しています。

 教科書採択は広域採択制をとっており、諏訪地区でも各教科の専門家が調査中です。富士見町の小学校の教科書をどの会社のものを採択するかは、8月10日(火)午後1:30から開催される定例教育委員会で決定します。

 教育長応接室に展示中、閲覧歓迎!
 どんな教科書が採択の対象になっているか、子どもはどういう内容の教科書で学んでいるのか、保護者をはじめ多くの皆さんにも知っていただきたいと願っています。
 諏訪教育会館で展示中ですが、富士見町からは遠いですから初めての試みとしてぼくが執務をしている教育長応接室(役場2階、子ども課の前)でも展示することにしました。どなたも気軽にどうぞ。午前8:30~午後5:15、ぼくが不在のときは、子ども課の職員に閲覧希望と声をかけてください。
●午後、臨時保育士採用面接。
■7月17日分の日記を書く。ご覧あれ。
■2010年度「子育てひろばAi Ai」事業報告を読む。実に様々な取り組みをされている。5年前の開設時を思い出し、なつかしく又嬉しく思う。

77日間の一学期が今日で終わりました

2010年07月28日
 町内4小学校の一学期が今日で終わりました(終業式)。明日から8月18日(水)まで21日間の“日本一短い夏休み”。

 富士見中学校は一足早くきのうから夏休み。
●午前、午後 臨時保育士採用面接

市町村教育委員会の対応

2010年07月27日
 教育の世界にみられる閉鎖的な体質も、学校や教育委員会に対する不信感を招く場合がある。
連載第1回で紹介された《百合子さんの父は公務災害の認定を求める訴訟を起こしている。市の教育委員会を通じて当時の管理職らに取材を申し込むと「裁判には誠実に対応したいが、取材には応じられない」という答が返ってきた。》

 ぼくは記事を読んでいるだけで詳しい事情はわからないが、管理職は対応を当然教育委員会(教育長)と相談しながら、その指導を受けて動いているはずである。
 ぼくは常々思う。この種の痛ましい事件が起こった場合、マスコミに対しては、先ずは教育委員会が前面に出て記者会見等で誠実に意見表明すべきである。責任がある場合には教育長、教育委員長を中心とする教育委員会が率直に非を認め、責任を取らなければならない。いきなり現場の管理職、ましてや個々の教師に責任転嫁してはならないと思う。
 だからこそ、教育長は常日頃から現場の管理職と意思疎通を図り、お互いを思い遣る職場づくりに適切な助言を与える重い責任を負っているのだと思う。

 どんなことがあっても、訴訟は教育問題の解決にはなじまない。そこへ行くまでにあらゆる努力を尽くすべきである。

 反響編は「個人の努力には限界」の小見出しで《「学校はもう個人の努力ではどうにもならないところまできていると思う」。……担任とともに管理職や生徒指導主事、養護教諭、スクールカウンセラーらが話し合い、「チーム援助」で問題解決に当たるべきだ》という大阪教育大学の水野治久准教授(学校心理学)の投稿を紹介して結ばれている。
 まったく同感である。職員のチームワーク、それを指導する管理職、それを支援する教育委員会。小さな改革が大きな改革につながると信じたい。
長いお付き合い、ありがとうございました。これをもって、朝日新聞連載「いま先生は」に関するぼくのコメントを一応終了します。

保護者は不信感も

2010年07月27日
 反響編(25日)に、《保護者の投書は、教師への同情と批判が入り交じる》として、二人の主婦の声が紹介されている。

 《神奈川県の主婦(44)は、娘の小学校で学級崩壊、学年崩壊が続くのを見てきた。「このままでは教師になりたいという若者が少なくなってしまうでしょう」「私自身、我が子には教師にだけはなってほしくない。と思ってしまいます」》

 《東京都の主婦(38)は、娘が通う公立小学校への不信感がぬぐえない。授業の内容が薄いと感じる。教師の忙しさを記事で読んでも
「先生方の苦労と親の評価がかけ離れているのはなぜだろう」と疑問に思うという。「残業が授業内容の向上につながっていない。無駄な仕事が多いせいじゃないでしょうか」》
                      *
 学校は、情報発信をできるだけこまめにして、学校の様子、子どもの様子、教師の取り組みを知ってもらおう。不信感は様々な要素がからんでいるのだろうが、知ってもらうこと、日ごろからのコミュニケーションがあれば、不信は信頼へと変わっていくであろう。
 批判だけでは、教師を精神的に追い込み、子どもも保護者も幸せにならない。学校側も保護者側もお互いに銘記したいことである。

食事に誘われて

2010年07月27日
 《一番つらかったのは、職場で「苦しい」「悲しい」と素直な気持ちを言えなかったことだ。》職場に悩みを聞いてくれる同僚がいないことほど辛いことはないだろう。いなければ、「しゃべれる場」を外に求めることも大事だろう。

 連載の中で、食事に誘われて救われた、という事例が3つも出てきたことに注目する。
事例1
ギリギリのところまで追い込まれた大阪府の小学校の教女性教諭(39)は、荒れたクラスを受け持って3ヶ月目《「ホームに飛び降りたらどうなるんだろう」。そんな時、同僚の先生から食事に誘われ「君が悪いんじゃない」と声をかけてもらった。「亡くなった新卒の先生の学校は、周りの先生に余裕がなかったんかな」》

事例2
中学校の《同僚の新人の女性が苦しんでいた。キレる男子に手を焼き、先輩教師から「女は使えねぇ」と言われ続けた。立ちくらみがし、髪の毛が抜け、登校しようとすると心臓が痛んだ。4階建ての校舎を見上げて「あそこから飛び降りたら死ねるかな」とも思ったという。
 周囲が異変に気付き、夕食会を開いてじっくり相談に乗ってことなきを得たが、例えばそんな具体的な支えが(新卒の)百合子さんにあっただろうか。》

事例3
《荒れた生徒が多い関東地方のある中学校では、保健室の養護教諭(55)のもとに40代前半の男性教師が訪れた。すがるような表情でぽつり、「もう、だめなんですよ……」。
 養護教諭はすぐに状況を校長に訴えた。校長はこの教師を酒席に誘い、日ごろの頑張りをほめた。状態はその後、徐々に良くなっていったという。》

 同僚を思い遣るさりげない優しさ。それが、会食であったり酒席であったり、形はいろいろあるだろうが、いま現場に求められているのだと思う。「成果主義」が徐々に学校現場にも浸透してきている。必要な評価の一つには違いないが、成果を競うような雰囲気を感じ取った場合は、管理職は気をつけなければならないと思う。命につながる場合もあるのだから。

現場の負担を減らそうと

2010年07月26日
 教師の病気休職者が毎年過去最多更新していることについては、何度も書いてきた。
 行政も、状況を放置しているわけではない。現場の負担を減らそうと、文部科学省や教育委員会は2007年度以降、公立学校に報告を求める調査を減らしている。しかし、その後会議は減っているだろうか?むしろ「●●対策会議」などは増えているようにも思える。不審者対策会議など物騒な世の中でなくてはならないものもあるが…。
 しかし、長野県教育委員会は、“子どもと向き合う時間の確保”を本年度の重点課題に掲げている。そのとおりだと思う。そのためにも、新たな会議の設置はよほどのことがない限り、避けていただきたい。

 現場の負担を減らそうと痛感してきたが、そろそと思い切った改革をしなければならない時がきている。教育長ができること、学校長ができることを明らかにして、「現場の負担軽減改革」に取り組みたい。校長のリーダーシップに期待するところすこぶる大である。その際、職能団体に対しても会議の精選等、思い切った改革を期待したい。

 校内会議、校外出張等々を大胆に減らせないか。慣例で続いてきている会議も少なくない。富士見町教育委員会では会議の見直しを社会教育委員の会に諮問している。会議の形骸化・マンネリズムを克服して活性化させるためには先ず行政の側(役場職員)の意識改革が求められる。
 それと同時に、学校の先生がいろいろな会議のメンバーになっているが、その必要性も含めて見直しが必要である。南諏校長会とも相談しながら、改めて今後校長会でこの問題に取り組んでいきたい。

 連載を読んでいて、現場の教師の負担軽減こそ、教育改革のもっとも根幹にかかわると確信した。また、国や県予算による教員の増員も欠かせない。保護者や国民の皆さんにぜひこのことをご理解願いたい。

 ― 以上、第4回<救いの場 保健室に求め>を読んでの感想と抱負。

教え子の笑顔 復職の支え

2010年07月26日
事例1
《愛知県豊橋市の市立石巻中学校の鳥居建仁(たつひと)さん(50)。2002年9月、学校祭の最中に倒れて6年半。左半身のまひと高次脳機能障害は今も残っている。

 当時は教師になって19年目で、独身だ働き盛りの鳥居さんに仕事が集中していた。生徒指導主事、新任教師の支援。陸上部の顧問も任され、毎朝7時に登校しては生徒と走った。
 入院生活の後、自宅療養中だった06年2月に免職を言い渡された。公務災害の認定を求める裁判は現在も続く。

 そんな中、08年に市の教育委員会から「試行期間として授業をしてみないか」と声がかかった。
 給与も出ない身分だが、見舞いに来た教え子たちが「石中で待ってます」とノートに残してくれたメッセージが心にあった。》
 
事例2
《福岡県立高校の英語の教師だった夫(50)は8年、脳内出血で意識不明になった。一命はとりとめたものの、重度の意識障害が残り、今も病室で寝たきり。もう8冊目になる病室のノートには、教え子たちが近況を書き残してくれる。
<仕事で自信が無くなったので先生の顔を見て元気をもらおうと来てみました。>
<大学で教職とって実習に行きました。先生が私に与えてくれた英語の楽しさ、私もせいとにつたえられるかなぁ。>

 職場結婚だった妻(44)は、最近「高校の先生になりたい」と言い出した中1の長男に言う。「今でも教え子が訪ねてきてくれる。すごいよね。お父さんはこの人たちの人生にかかわって、影響を与えた人なんよ。お母さんも、お父さんみたいに何かを与えられたらいいなと思う」

 子どもたちと過ごす日々と、小さな喜びの積み重ね。それこそが「先生の勲章」だと思う。》

「助けてくれない」命絶つ

2010年07月25日
 「いま先生は」全5回と反響編、投書(朝日新聞7.19-25)を読んで、教師の置かれている現状の一端を知り、教育長としてやれることは何かを、考えさせられた。

 新人教諭は死の4ヶ月前、《「悪いのは子どもじゃない、おまえだ。おまえの授業が悪いから荒れる―と言われ、生きる気力がなくなりそうに感じました。苦しくて。苦しくて。苦しくて。」》

 2004年9月29日、彼女は命を絶った。24歳。遺書はなかったという。

 ところで、「悪いのはおまえだと言われた」という教師は、記者の取材に《「自分が言ったのは、悪いのは子どもばかりじゃない。子どもを変えたければ自分が変わらなければ、ということ」という答が返ってきた。》

《「誰も助けてくれない」と感じていた百合子さんと、他の教師たちとの落差。…百合子さんの生前、ボランティア活動を共にしていた男性教師(53)は、そこにこそ命を絶った原因があると思っている。「学校は悩みをどこまで聴き、苦しさに共感してきたのか」》


《小学校の時の担任にあこがれ、小学校の教師になろうと受験勉強を続けている東京都東久留米市の高校3年、諸岡茜さん(17)は、自殺した新任教師の記事に「とても怒りを覚えました。先生たちは協力しあって学校を造りあげるものだと思っていました」。
 ただ、教師を目指そうという思いは変わっていないという。「現実を変えるためには、自分で行動を起こさないと何も動かない」》

 若い茜さんの言葉にハッとした。

孤立 新人教諭の死

2010年07月25日
 7月19日(月)から朝日新聞に連載中の「いま、先生は」を痛ましい気持ちで読んでいる。連載の意図を次のように書いている。

《教師が苦しんでいる。荒れる学級、保護者の苦情、終わりのない事務作業……。社会からの絶対的な信頼が過去のものとなるなか、悩む姿を通して、いまの学校を見つめた。》

火祭り

2010年07月24日
 7月24日、土曜日。
 友好姉妹町の静岡県伊豆半島の西伊豆町で今夜開催される「海賊船征伐 堂ヶ島 火祭り」を町の親善大使として観に行く。
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◆海賊船征伐シーンの再現
◆海賊船炎上、花火大会
◆ステージイベント開催
 今から600年ほど昔、海賊一味が西伊豆の海に出没していました。そこで村人たちは力を合わせて海賊の船を攻撃し、放った火矢が火薬庫に刺さり、大爆発が起こって船は沈没。
 この海賊船征伐の喜びを今に伝え、故事にちなみ堂ヶ島火祭りと称しているのです。
   (チラシの文より=写真)


富士見小ホームページ 4年連続長野県1位

2010年07月23日
またまた快挙! 富士見小ホームページ  4年連続長野県1位
 先週16日の金曜日「決定!都道府県代表校一覧」に、今年も長野県の代表として富士見小学校が選ばれたことが発表されました。長野県では昨年の285校より多い302校の中から県の代表校に選出されました。
 選考コメントでは、「『ふじみっ子美術館』ページでは子どもたちがいきいきとものづくりに励む様子が垣間見られ、『ふじみっ子情報局』では子どもたちの言葉によって学校の様子が伝えられており、とても微笑ましく興味深い。様々なコンテンツがあり、楽しめるホームページである。」と伝えられています。
 年々対象校が増える中、富士見小ホームページは年々進化し、本校にホームページが開設されてから8年目の今年、なんと「4年連続」受賞という結果に、驚き喜びの気持ちでいっぱいでいます。》
   (富士見小学校 学校だより「すずらん」№13、H22.7.22)
                  *
 県外・海外から、富士見小学校のホームページを見て「我が子を入学させたい」という保護者の方がおられた。魅力的なホームページには、それだけの力がある。どの学校も充実したホームページを開設し、定期的に内容を更新してほしい。

●午前、庁議
●明治の開校以来古い資料を所蔵する落合小の文書廃棄に立ち会う。校長と閉校・統合について懇談。
●16:25頃、役場玄関で「反核平和の日リレー」歓迎・激励挨拶(町長代理)
●来客、県教職員組合諏訪支部富士見町執行部挨拶

家族への夢

2010年07月22日
 土曜日(17日)に梅雨明け宣言が出たとたん、高原にも突然の猛暑がやってきた。ゲリラ豪雨の梅雨といい、熱中症で何人もの方が亡くなるという暑さはどうみても異常気象だ。地球環境に異変が起きている。
 逕サ蜒・046_convert_20100721102328 (今日も朝が来た。「日はまた昇る」、7.20 朝 5時31分撮影)
・・・・・・
 あなたの家族への夢は何ですか?
 職員から『家族への夢』(いろは出版)を借りて読む。帯にはこのようなキャッチコピーが書かれている。
《9歳から103歳まで、36人の家族との人生。 本当に大事にしている人を、大切にしていますか?》
《この本の制作にあたって、815名の方に夢を書いてもらいました。一人一人の夢を読ませてもらって、ちゃんとこの日本には、いろんな人が、いろんな町でいろんな葛藤をしながらも、大切な人を大切に思って生きているということを教えてもらいました。この本は、そのことを伝えたくてつくらせてもらいました。》(日本ドリームプロジェクト代表 きむ)

 どこにでもあるごく普通の家族模様がつづられている。ぼくは、妻と3人の子どもたちとの38年の家族の歴史を思い出しながら読む。どれも「そうだね」「つらかったろね」「我が家もそうだったなあ」とか「いろいろのことがあったなあ」などとうなずきながら、「やっぱり家族の絆っていいよなあ」という感想をもった。


●課内打ち合わせ
●午後4:40 平和教育推進事業 広島平和体験学習生徒出発式(教育長応接室)
●午後6時~ 民生児童委員協議会暑気払い

落合小校庭に老人ホーム誘致方針

2010年07月21日
 2011年度をもって閉校・統合が決まっている落合小学校の校庭に、町が有料老人ホームの誘致を進めていることが、昨日の町議会全員協議会(全協)で明らかになったと今朝の信濃毎日新聞(諏訪版)、長野日報が報じている。
 町側の説明によると、今月7日夜、地元9集落の区長と地元町議を集めて行い、「区側は提案を持ち帰って相談したいと回答。町側に今月中に報告をいただきたい」と述べたという。
 いずれにせよ、地元住民の理解と納得をいただきながら結論を出すことを期待したい。
●午前11~12:30 境小学校大相撲押立(おしたて)場所見物。保護者・地域の皆さんも拍手と声援をおくっていた。江戸時代、諏訪藩のお殿様がこの場所で大相撲を観覧したという古文書があるという。
【追記】22日付「長野日報」の記事を紹介する(抜粋)。
《押立山は「国見山」とも呼ばれる小高い丘。林がなかった江戸時代は山頂から隣国の甲斐領が一望できたため、高島藩主が「御順見」で立ち寄り、村人から接待を受けながら相撲を楽しんだと言われる。…2003年、6年生が総合的な学習で森を整備中に土俵の跡を発見。郷土の歴史を調べる中で、同年秋に、約200年ぶりに相撲大会「押立山場所」を復活させた。》
●午後、大上(おおうえ)弘太郎さん来客。富士見町の景観について談論。
●午後6時から、教育七団体連絡協議会(諏訪教育会館)、教育委員長と出席。

例を見ない富士見町の校長会メンバー

2010年07月20日

●午前9:20~南諏校長会(本郷小)。今回から富士見高校の校長先生にも参加していただくことになった。校長会からの提案だが、大賛成である。義務教育と高校とが双方の立場から意見を出し合い、情報交換できる場ができることとなった。
 南諏校長会とは富士見町の小中学校長と、町内にある県立諏訪養護学校で構成されていたが、同じ町内にあり、町内の保育園、小中学校ともずっと交流をしていただいてきた県立富士見高校の校長にも参加していただくことで、他の自治体には例のないユニークな校長会として発展していくであろう。
●午後3~5 町学校警察関係諸団体連絡協議会(町民センター2階)。非常に有意義な会議であった。「緊急時には110番」。会議で話し合われた内容についてはなんらかの形で町民の皆さんにお知らせしていくこととする。……会議については、改めて後日書きたい。その必要があると思うから。
●校長会の皆さんと「反省会」と称する飲み放題の懇親会。ざっくばらんな雰囲気が良い。
 

歌舞伎役者の舞踏会

2010年07月19日
逕サ蜒・047_convert_20100721102558 (チケットより)

 岡谷市出身の歌舞伎俳優、市川笑野(えみの)舞踏会が岡谷市カノラホールで、正午から3時まで、途中2回の25分休憩を挟んで開催された。市川右近が特別出演。
 歌舞伎俳優、長唄、義太夫―どれをとっても日ごろなじみのない芸術を間近で鑑賞することができ、十分満足できた。招待してくださった講演会の皆さんに感謝申し上げます。

 終了後、岡谷市から下諏訪駅まで、見知らぬ道を歩いた。かなり長い道のり。さすがにちょっと疲れたが、知らない町を歩くのは楽しいものである。電車に飛び乗って富士見駅まで400円。

富士見中学の研究授業、飛び入り参観

2010年07月16日
 選考委員会が終わった後、三村校長先生のお誘いで、平成22年度教育課程研究協議会の事前研究授業を参観した。村松忠道先生の特別活動「お互いを大切にできる1年4部になろう」(健康教育)と井出友紀子先生の国語の授業(自分の思いを伝える短歌を詠んでみよう)を観させてもらった。どちらもいい授業展開だと思った。
 こうして多くの先生に混じって中学生の学ぶ様子を参観できることは、教育長冥利に尽きる。

●富士見町人材育成海外派遣事業 第1回中学校生徒派遣者選考委員会(コミュニティ・プラザ)、募集人員、補助金について大きな変更あり。
●富士見中学校研究授業参観

☆この2,3日あわただしい日が続いたが中身は濃かった。時間がなくてその分、日記は短くなってしまったが。

文化と伝統を大事にする町でありたい!

2010年07月15日
 午前中の審議会で、「井戸尻遺跡公園の構想」について時間を忘れておおいに語り合い、愉快であった。お金とは切り離して将来構想を夢見るテーマは富士見町には他にもいっぱいある。目先のことにだけ目を奪われずに夢も語り合おう。富士見町は“教育と文化の町”である。

●午前9~11時 井戸尻考古館・歴史民俗資料館運営審議会(資料館)
●諏訪地区教育長部会(諏訪教育会館)、特別支援教育の体制づくりについて

神話の遺産―町内遺跡を文化庁が現地調査

2010年07月14日
 下の土器は井戸尻遺跡群の藤内(とうない)遺跡から出土した「神像筒型土器(しんぞうつつがたどき)」。 パンフレット『藤内藤内遺跡出土品重要文化財指定記念展―』2002年より転載。世界各地で見られる「神話の所産であり、日と月の創造神と目される」(同パンフ)。遺跡群の中でも絶品の一つ。
逕サ蜒・037_convert_20100714112257 (「神像筒型土器」)


●午前11~午後4時 文化庁岡村達雄調査官来町、国指定遺跡 井戸尻、曾利、藤内、九兵衛尾根等の遺跡保護に関わる現地調査に同道。遺跡保存、国指定に向けて努力を続けたい。
 富士見町は“文化の町”とは小池教育委員長の言葉。然り。

「ごっこ遊び」を通して友だちと夢中になって遊ぶ

2010年07月13日
 午前8時半から午後4時まで諏訪郡の保育士の研修会。6市町村の持ち回り。富士見町が会場になるのは10年ぶりとのこと。「もっと町内の保育園持ち回りで公開保育をやったらどうですか」と小林睦江先生から励まされた。早速園長先生たちに伝える。「無理のない程度で、2年に一度くらいはどうですか」と。

逕サ蜒・036_convert_20100714100653 (5歳児の忍者ごっこ遊びのイメージづくり)

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 (廊下で2歳児が「御柱ごっこ」。「ごちそうづくり」の3歳児が差し入れの想定外の場面も)

逕サ蜒・033_convert_20100714100037(5歳児、ごっこ遊びの前に遊戯室で体操)

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(手裏剣を作って遊んだ4歳児の分科会協議に参加した。およそ2時間。話し合いから学ぶことが多かった。岡谷市長地保育園の遊坐園長先生の助言も良かった。)
・・・・・・・・・
■研修のため午後を休園にしたことに対して、一部保護者のご理解が得にくかったという。ご家庭によっては困る事情がある場合もあるかもしれない。
 そのことを承知の上で実施しているのは、保育士にとって研修は命だからである。お互いのよさを学びあいながら保育園の先生がいい先生になってもらうことは、我が子の最善の利益につながる。その点にぜひご理解を。

諏訪地区6市町村保育士研修会

2010年07月12日
逕サ蜒・042_convert_20100712161924 (町立西山保育園の風見鶏 =7.10撮影)

 明日13日(火)、「保育所保育士の資質の向上を図るために、公開保育や講義を通して、保育所の役割や保育の実際について研修する」研修会が町内の西山保育園で実施される。主催は長野県・長野県保育園連盟・富士見町・原村。

8:30 開会式 主催者挨拶:諏訪保健福祉事務所福祉課長、富士見町教育長、西山保育園長
9:05 公開保育:未満児(2)・3・4・5歳児クラス
11:00 研究発表 「友だちと夢中になって遊べる子を願って」(小林美絵主任保育士)
11:20 講演「一貫教育における幼児教育」(内藤好昭富士見町主任児童委員)
  (昼食、休憩)
13:30 研究協議 第1分科会(2歳)~第4分科会(5歳)
15:30 閉会式
  研修会講評:小林睦江長野県福祉大学校非常勤講師
  挨拶:諏訪保健福祉事務所 五味岸夫保育専門相談員
16:00 閉会

 終日保育園で現場研修するなんてことは、何年ぶり。保育現場を知り学ぶいい機会だ。
富士見町町の保育目標
 「恵まれた環境を生かし、現在をもっとも良く行き、望ましい未来を作り出す力の基礎を培う」

よき友を得たい

2010年07月12日
 千野敏子(ちの・としこ)
長野県諏訪市本町に生まれる。高島小学校、諏訪高等女学校卒。
18歳より亡くなる22歳まで富士見小学校教師。

遺稿は、小学校時代からの作文数綴り、日記数冊、「真実」と題したノート4冊、富士見小学校時代の栗生(くりゅう)自炊日記3冊。その他生徒観察記録1冊、書きかけの「我が詩論」1冊。
逕サ蜒・037_convert_20100712145216  逕サ蜒・036_convert_20100712144812 
        (学友林と泉のほとり辺り)
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(1947年初版、大月書店。のち増補版)

「此の世にて我が最も愛好する土地はわが第二の故郷富士見の地学友林の泉のほとりなり  我亡き後は彼の泉のほとりに極くひそやかななる碑など建てて貰はまほしなどと思ふ  21.6.27」

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(現在の地にある記念碑には、千野先生のこの言葉が刻まれている。最初に建立された碑文は「真実は悲しきかな、それはついに反逆視せられ」であったという。)

真実ノート 第1冊(16.8―16.11 17才)
≪よき友を得たい
 真実の世界に住みたい

 これが、現在の私の最も切なる願望である。そして私は如何にすれば此の願望がかなへられるかを知らない。≫

「潔さに酔うのは禁物だ」

2010年07月11日
 東大大学院でヘーゲル哲学を研究し将来は大学の教師になることを約束されていた長谷川宏(1940~)は、東大全共闘運動に参加する中で大学を去った。しかし、在野で続けたヘーゲルの新しい翻訳は、難解なヘーゲルをぼくらに近づける画期的な仕事である。その他の啓蒙書も哲学愛好家のぼくらには嬉しい。

 そういう経歴の長谷川が『高校生のための哲学入門』(ちくま新書、2007年)の中で、次のように書いていることは意外と言えば意外だが、体験から来る若者へのアドバイスとぼくは読んだ。

《鬱屈(うっくつ)した気分に耐えて試案を重ねるのは、青年期の特権ともいえる営みであって、青春の生命力はその営みを前に進めるだけの気概に満ちていると思う。社会の目をきっぱりと拒否する姿勢には、あいまいさを吹き払うような潔(いさぎよ)さがある。が、社会との日常的なかかわりのなかで潔さに酔うのは禁物だ。割り切れないあいましさの領域にこそ、着実にこの世を生きる知恵と経験が蓄積されているのだから。》(81㌻)

 66歳になった今でも、「潔さ」が時々頭をもたげる。
●参院選挙投票日、各開票所に役場職員総動員。政治のあいまいさは古今東西の常識か? 「その歳になって何を言っているんだ!常識に決まっているだろう」の幻聴。

忘れられた女教師

2010年07月10日
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  全国保育士会倫理綱領

 すべての子どもは、豊かな愛情のなかで心身ともに健やかに育てられ、自ら伸びていく無限の可能性を持っています。
 私たちは、子どもが現在(いま)を幸せに生活し、未来(あす)を生きる力を育てる保育の仕事に誇りと責任をもって、自らの人間性と専門性の向上に努め、一人ひとりの子どもを心から尊重し、次のことを行います。
   私たちは、子どもの育ちを支えます。
   私たちは、保護者の子育てを支えます。
   私たちは、子どもと子育てにやさしい社会をつくります。

(子どもの最善の利益の尊重)
1. 私たちは、一人ひとりの子どもの最善の利益を第一に考え、保育を通してその福祉を積極的に増進するよう努めます。

(子どもの発達保障)
2. 私たちは、養護と教育が一体となった保育を通して、一人ひとりの子どもが心身ともに健康、安全で情緒の安定した生活ができる環境を用意し、生きる喜びと力を育むことを基本として、その健やかな育ちを支えます。

(保護者との協力)
3. 私たちは、子どもと保護者のおかれた状況や意向を受けとめ、保護者とより良い協力関係を築きながら、子どもの育ちや子育てを支えます。

(プライバシーの保護)
4. 私たちは、一人ひとりのプライバシーを保護するため、保育を通して知り得た個人の情報や秘密を守りま す。

(チームワークと自己評価)
5. 私たちは、職場におけるチームワークや、関係する他の専門機関との連携を大切にします。
   また、自らの行う保育について、常に子どもの視点に立って自己評価を行い、保育の質の向上を図ります。

(利用者の代弁)
6. 私たちは、日々の保育や子育て支援の活動を通して子どものニーズを受けとめ、子どもの立場に立ってそれを代弁します。
 また、子育てをしているすべての保護者のニーズを受けとめ、それを代弁していくことも重要な役割と考え、行動します。

(地域の子育て支援)
7. 私たちは、地域の人々や関係機関とともに子育てを支援し、そのネットワークにより、地域で子どもを育てる環境づくりに努めます。

(専門職としての責務)
8. 私たちは、研修や自己研鑽を通して、常に自らの人間性と専門性の向上に努め、専門職としての責務を果たします。

   (社会福祉法人)全国社会福祉協議会
    全国保育協議会
    全国保育士会
                  (2004年制定)
忘れられた女教師の記念碑を探し求めて
   逕サ蜒・039_convert_20100712142137 (『葦折れぬ』扉写真より)

 土曜日の午後、2時半頃家を出て3時間あまり街中、雑木林を歩き回った。沢の道無き道も藪こぎした。
敗戦直後の昭和21年、22歳の若さで病気で夭折した富士見小学校の教員千野敏子の碑が今は“夢の森ふじみ”公園に富士見小の方を向いてひっそりと立っているが、その前に立ち止まる人を見かけたことはない。

 忘れられた女性教師は時代の流れに疑問を持ちつつ膨大なノート、日記を書き残した(『葦折れぬ』)。
 遺言で、富士見小学校の学友林があった南原山の池のほとりに建立された彼女の碑は、その後富士見小へ移され、現在地に移されたという経緯をたどる。

 ぼくはいつか学友林の池のほとりを訪ねたいと思い続けてきたが、今日だいたいの場所を名取昇一先生に教えていただき、そのあたりを歩き回った。草刈をしている女性に尋ねると「ここへ来て30年経ちますが、もうその時には移されてなかったですよ」。
 池はどの辺ですか。「そこですよ」。今は沼地で、池らしきものは直径2メートル足らず。かつて碑が立っていたことを案内するものは何もない。

 『葦折れぬ』を読むと、純粋に、まっすぐに生きようとした短い生涯に心打たれる。純粋に悩み生きた若い千野先生をぼくらは忘れてはいけない。

 ところでぼくはひそかに思う。この碑はやはり富士見小学校の敷地に戻すことがいいのではないか。そして、彼女のような教師がいたことを忘れないために毎年、短時間でいい。ささやかな碑前祭をしようではないか。そこで『葦折れぬ』の数ページを読もうではないか。もちろん強制ではない。自発的参加の同志の集いでいい。

これだけ歩き回ると、夜のビールは格別だ。念願も果たすことができたので余計うまい!

映画「遠雷」「蟹工船」を観る

2010年07月09日
 週末、町図書館に寄ってDVDコーナーの前に立つ。

 先日亡くなった作家の立松和平のデビュー作『遠雷』がある! 高度経済成長期の地方都市郊外が急速に変貌して行く有様に警鐘を鳴らした作品。文庫本で読みかけているが、映画では有り余る若いエネルギーの爆発がより強烈に伝わってくる。

 1953年製作の映画「蟹工船」を見るのは初めてだ。小説では団結の力に目覚めた船員が立ち上がっていくというフィナーレが印象に残っているが、映画では帝国海軍によってリーダーたちが次々と銃殺されていく。挫折と敗北のフィナーレ。ちょっと印象が違うような気がした。
 
 舞台は1960年代、1930年代といずれも日本の地殻変動が起き、その後の日本社会を大きく変えてしまった時代である。それを主導したのは政治に違いないが、支持したのは大多数の国民であった。「時代の多数派」とは?自問自答が続く。

「田舎町」のよさ

2010年07月09日
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 (ホタルブクロ、学名campanulaは「小さな鐘」の意味。なるほどと思う+カーネーション)

 作家の故・井伏鱒二の別荘の脇を歩き、森におおわれた砂利道を降る。立場川の河川敷の農道の坂道を登る。両側の里山のあちこちから小鳥のさえずりが聞こえる。田んぼの稲も順調に育っている。小川のせせらぎも急流の勢いを増している。
・・・・・・・・
 夕べの永年勤続職員との懇親会で富士見町の次代を担う職員とおおいに話し込んだ。一夜明けてこんなことを考えた。
 富士見町の将来ビジョンは、中途半端な地方都市化ではないだろう。豊かな自然の中で有形・無形の心の温かさに癒されながら支えあうコミュニティ、言い換えればほどほどの幸福感を感じながら住める「暮らしやすい田舎町」が身の丈に合っているのだはないだろうか。

 田舎のよさは、1960年代(昭和30年代後半)の高度経済成長期に失われたというのが定説である。当時のぼくは中学生、高校生、そして郷里を離れて都会暮らしの大学生で浮かれていた。そのことを知るにはしばらく時間がかかった。60年代以降、さらにはバブルがはじけた90年代以降、人々の心も、都会、地方都市、農山村(田舎)を問わず大きく変わってしまった。そのことを21世紀に入って10年、田舎暮らしの中でさらに痛感する。
 
 明治以降の富士見町の近現代史は、“温故知新”の視点から振り返ると、はなはだ危うい(『富士見町史』下巻)。かといってぼくに具体的に21世紀の富士見町のビジョンを考える余裕も能力もない。しかし、粘り強く考え続けていくことは止めないようにしようと思う。

 時代の変化と共に教育のあり方も当然大きく変わる。高度経済成長期に「学力」が人を見る物差しとして大手を振ってかっ歩するようになったのだが、厄介な問題である。たかが学歴、されど学歴。―これほど本音と建前がかけはなれて論じられるテーマはない。
●夜6:30-20:00 有害環境チェック活動

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飲兵衛の繰り言

2010年07月08日
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(藤原真理チェロコンサート、主催・ムジカ音楽・教育・文化研究所のチラシ)
・・・・・・・・・・・・
 昨夜の教育委員さんとの懇親会で焼酎の量が少々過ぎたのだろう。今日は仕事の能率がいまいち。反省しても、のどもと過ぎれば熱さを忘れて、また反省する。その繰り返し。飲ん兵衛とまでは言えないと自分では思っているが、上(かみ)さんからの信頼はもはや失墜か。残念ながら、V字回復はまあ、ないだろう。
●16:30 富士見町永年勤続職員表彰式並びに全国町村会自治功労者表彰式。対象は10,20,30年勤続者。18:00~懇親会

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●今年4月から就任した河村洋・諏訪東京理科大学長「学生は昔から先生の言うことはあまり聞かないも。ところが、ゼミやサークルで先輩が夢を持ち挑戦していると、後輩もつられて伸びてくる。」好きな言葉は「昨日の夢は今日の希望、それを明日の実現に」。(「長野県民新聞」7月5日号)

●富士見中学校だより「ふじ美が原」№11。人権教育旬間・校長講和「笑顔」と生徒の感想。両親が障害者の中学1年生藤岡はるかさんの作文《近所のおばさんが通りかかった私に、こんな声をかけてきました。「いつも大変やね。はるかちゃんはえらいね。ようがんばっとるね。かわいそうやね」と。「かわいそうやね」この言葉が一番ショックでした。私は、大変だとか、かわいそうだとか、不幸だなとは思っていないのに。》(平成22年度全国中学生人権作文コンテスト)

 「読み聞かせボランティア」さん募集。・・・6月16日より、毎週水曜日の朝読書の時間に、先生方と一緒に保護者や地域の皆さんによる「読み聞かせ」が始まりました。

名チェリスト藤原真理さんのコンサートの招待券をいただいた。8月21日、原村・八ヶ岳自然文化園。まさか彼女の生演奏を直に聴く機会に恵まれるとは思いもよらなかった。今から楽しみだ。感謝。

泥中のハスの花

2010年07月07日
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(井戸尻遺跡の大賀ハスが見ごろ=小松隆史学芸員撮影)

 若い頃、ある精神科医から「ハスの花は泥中に咲く」ことの仏教的意味を教えられ、深く印象に残った。私の人間の心を見る目を変えたことばの一つであった。

《人の心の中の天びんは、一方の皿には、いやだ、おぞましい、憎たらしいという感情がのっている。もう一方の皿の上には、素敵だ、美しい、好ましいという感情がのっている。そしてこの両方がつりあっているのが、人間の心なんだと思う。》(吉田脩二『人はなぜ心を病むか―思春期外来の診察室から―』高文研)。1987年に出版されて本だが、私にとってはかけがえのない座右の書である。
 《人間はそんなに単純なものではありません。人間は本来、ドロドロしたものを自分の中に持っている。だから、そのドロドロの部分のを、捨てよう、捨てようとするのではなく、勇気をもって容認しなくてはいけない。》

●8:15 町民ゲートボール大会挨拶。集落対抗戦。昨年より3チーム減の9チーム。(町教委主催)
●9:30~12:00 7月定例教育委員会
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○本郷小校長より6月の「月報」・同7月暦 
○贈呈された「長野県PTA新聞」に富士見町落合小学校のことが載っていた。「落合あいアイ運動」は、落合、挨拶、愛する、出会い、子どもたちを見る眼(eye)。
○日本教育学会『教育学研究』第77巻第2号(2010年6月)が届く。

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リーダーを忙しくさせ過ぎてはいけない

2010年07月06日
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(諏訪養護学校、全校児童生徒合作=本年度の入学式に招待された折に撮影)

 町民陸上競技選手権大会の朝、横の席にいる町長のスケージュールを聞いて、前日の《リーダーシップを発揮すべき立場の人々が忙しくなり過ぎた》という「朝日新聞」の<リーダーの大安売り>という記事が頭に浮かんだ。

《みなチマチマした雑用に追われ、時間の刻み幅が小さい。大切なことを考える時間を与えていない。彼らを忙しくさせ過ぎてはならないのである。…のべつリーダーを引っぱり出し、彼らの時間を奪い…》。

《人間は放っておけば、短時間で成果が見えることをやって評価されようとする。しかし、そんな「その他おおぜい」とは別に、遠い先を見ているリーダーが、昔はいた。》

ちなみに、リーダーとは《人格や識見に優れた人物》と同記事は定義する。

首長ばかりではない。教育長も校長も、大切なことを、先を見通しながら、じっくりと考える時間と空間を確保しなればならない。程度を超えたスケジュールを充実した毎日と錯覚してはならないと思う。自戒の念をこめて。
●第2回子育て相談プロジェクト会議
●11:30~平出美代子さんを偲ぶ会(JA会館ふじみ)
●富士見小学校だより「すずらん」№11、PTA会長と校長の連名で、安心安全な学校へ向けて~保護者の皆様への名札の着用依頼~。  放課後児童クラブ「びば!」始動「びば通信」を読む。写真満載、子どもは遊びで育つ!!。  境小児童クラブ「7月 おひさま」。
●日文『教育情報』№90、野口克海「教育界に黒船(デジタル)来る!」○教科書、教材のデジタル化○攘夷派と開国派○教育の本質論議を…《両者の良い面が学校現場で生きて働くようにするために、教育の本質論議が求められている》。 学力の基礎をきたえ、どの子も伸ばす研究会ニュースk「学力研の広場」№n195が届く。記念講演者は、『日本辺境論』で新書大賞を受けた内田樹(たつる)さん(59歳)。彼の学歴。職歴・思想を紹介した「朝日新聞」(2010.5.29)が同封されていた。マイナーなるが故に筋が通っている。

「おたより」から学校・保育園の様子を知る

2010年07月05日
逕サ蜒・034_convert_20100705094512  (雨上がりの富士山。きのうの朝、八ヶ岳陸上競技場から撮影)

●島井哲志(しまい・さとし日本赤十字豊田看護大教授)「自分の幸福と他者の幸福をつなぐもの」―「幸福(しあわせ)の構造」連載第4回(有斐閣『書斎の窓』7-8月号)。幸福はあふれ出る/結婚していることは幸福感を高める/幸福が脅かされる経験/対人関係がもたらす幸福
●「本郷っ子だより」(6.24),学校だより「落合」№4、同校校長室だより「ひまわり」№12、境小校長室だより「境小」№18、富士見小校長室から「一念」№71・72、同校だより「すずらん」№8を読む。 
 校長講話「止める・切り替える」/PTA親子早朝作業、資源回収ありがとうございました/富士見小と2回目の交流(音楽劇発表、給食&清掃、音楽鑑賞会)/閉校・統合を受けて/地域のみなさんに感謝/5・6年生八ヶ岳連峰西岳(2398m)登山、小学校で2000mを超える山登りは少ないという。/毎朝10分間読書の他に読書旬間/不審者対策。
 南信教育事務所だより「絆」6月号、「どんな力をどう育てるのか、具体的にイメージを共有する」。
●保育園の7月のおたよりを読む(境・富士見・西山・本郷保育園)
 七夕/もうすぐプールあそび/夏野菜の収穫(みんんで植えたはつか大根)/歯科検診/地震体験車を体験/クラスの様子/おにぎり遠足/絵本の紹介/保育参観日ありがとうございました/忍者修行/初めての落合小音楽会参加・・・。
 「日差しが強くなってきましたので、登降園時の帽子は麦わら帽子でも結構です」。今はどの園児も帽子をかぶっているが、ぼくは小学校5年生のとき、通知簿に「帽子をかぶりなさい」と担任の先生に書かれた。合うサイズがなくて窮屈な帽子は嫌いだった。
逕サ蜒・035_convert_20100705144404 (富士見中の授業風景)
●富士見中学校だより「ふじ美が原」がもう10号まで発行されているのに、手違いで届いていないことがわかった。お願いして、まとめて読む。

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走る、跳ぶ、投げる

2010年07月04日
逕サ蜒・027_convert_20100705152721 (「よーい!」、スタート前の一瞬の緊張)

 町民陸上競技選手権大会(第39回)が八ヶ岳陸上競技場で午前8時開会式、8時半から午後2時近くまで競技、閉会式を終えたのは2時半を過ぎていた。

 昨年よりも大幅に多いという420余名の参加。高校生数名、大人数名の他は小中学生。今年で32回を迎えるが、当初は文字通り「町民大会」だったのだろうか? 町民水泳大会も参加者のほとんどが小学生。町民スケート大会も同様である。

 子どもたちは頑張った。ぼくは自分の少年時代を思い出しながら、小中学生の競技をじっと見守った。スタートラインに立った時の緊張した表情(特に小学生低学年)を見ながら、自分も心臓がドキドキしたあの頃を想い起こして、あの瞬間の気持ちを想像しながら、「頑張れ!」と心の中で声援をおくった。
 走り、跳び、投げながら子どもたちはたくましく成長していく。

 途中本格的な雨にも見舞われたが、大半の時間は晴れないし曇り空の中で行われた。裏方を務めていただいた関係者の皆さんに感謝申し上げる。5小中学校の校長先生、教頭先生そして教育委員の皆さんもご苦労様でした。
ストラビンスキー「春の祭典」(名曲探偵アマデウス)をテレビで鑑賞する。19世紀初頭のパリの初演は、保守的な上流階級の激しい非難を浴びたという。その作曲手法があまりに革新的であったために。

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 ベートーヴェン「熱情」

2010年07月03日
plate1_convert_20100705175748.jpg (若き日の肖像、耳が聴こえなくなりつつあった)

 ベートーヴェンに心底ほれる
 ピアノソナタ「熱情」は、中学生ときからいつ聞いても心が震える。高校時代にどんな事情だったかは覚えていないが、選択の音楽の時間に、LPレコードの「熱情」を持っていって聴いてもらった。

 ピアノ協奏曲「皇帝」を初めて聴いた時も、なんて力強く堂々とした曲だろう!と感動した。交響曲第5番「運命」はもちろんのこと。彼の伝記はほとんどすべて読んできた。ベートーヴェン全集も持っている。

 さて、テレビの“名曲探偵アマデウス”で「熱情」の分析的な作曲の解説を聞いて、この曲にベートーベンがどれほど心血を注いだかを知って、さらにこの曲が好きになった。出版するまで2年。その間、持ち歩いている間に雨に降られて五線譜が雨でにじんでいる譜面。

・・・・・・・・・

 ショパンのミステリー
 ピアニストの仲道郁代さんがショパンの曲の謎に迫る1時間半の番組。命を削りながら、作曲に打ち込んだことがよく理解できた。

・・・・・・・・・
 「芸術の力」を改めて感じた一日であった。
城山三郎+平岩外四『人生に二度読む本』(講談社)を読み始める。一冊目は夏目漱石の『こころ』。納得。

県町村教育長のみなさん、ご苦労様

2010年07月02日
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 昨日は開会式、総会のあと3分科会で協議。
夜の懇親会は諏訪御柱の木遣り歌に「♪ヨイサ ♪よいさ」の掛け声でおおいに盛り上がりました。

平成の大合併で県下の町村も約半分に減りましたが、過疎、少子化に直面する町村の出番はこれからです。長野県町村教育長会議が今後有意義な存在であることを期待するものです。

富士見町在住の写真家・西村豊さんの講演は、自然の中で五感を研ぎ澄ましながら生きている人ならではの内容でした。

「宣言」を採択して閉会。

その後、富士見高原病院旧病棟を荒川じんぺいさんのご案内で見学、さらに“貸出冊数日本一”の富士見町図書館、高原のミュウジアムを見学していただきました。

二日間、お天気にも恵まれ、自然を満喫していただけたのではないかと思います。
●午後、役場に戻って積み上げられた書類に目を通して決裁印。

あしたはホリデー。何をしようかな。

“ただの人”

2010年07月01日
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(朝の散歩道。森に覆われたトンネルを抜けると、そこは墓場だった。=武田軍に惨敗した瀬沢合戦古戦場跡で撮影)
・・・・・・・・・・・・・・・・・
 どんなポストに就いている人でも、肩書きがなくなれば“ただの人”。そして、例外なく土に還る。

●今日から明日にかけて、平成22年度(第52回)長野県町村教育長会が、富士見町の八峯苑(はっぽうえん)鹿の湯を会場にして開催される。58町村中56町村が出席の予定。

●今日から平成22(2010)年の後半に入る。
プロフィール
~「教育長日記」創刊の辞~
(2008/8/16)

小林 洋文

管理者:小林 洋文

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