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教育長日記子どものための富士見町史読書・研究ノート長野県教育史研究

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生徒の意見を聴く

2008年11月30日
 子どもの意見を聴くことは当然
 町議会議員のHPにこんなことが書いてある、と子ども課の職員から聞いて、早速閲覧した。「中学校統合推進に当たって、子どもの意見を聴くべきだ」という趣旨であった。当然である。
 その議員が子ども課で「子どもにアンケートを取る用意はあるか」と尋ねたところ、「ない」との返事だったとのことである。ぼくは出張で不在の時のやりとりであった。

 しばらく前から両中学校に、生徒から意見を聴く機会を設けてほしいと要望していた。11月に両校の校長先生と懇談した席上で改めて早く具体化してもらいたいとお願いした。南中からは即日、12月4日午前10:40~11:40までの1時間、1年生を対象に車座集会をとの回答があり、即やりましょうということになった。高原中は1年生だけで100人を超えるので、学年全体との対話は難しいということもあり、形態を検討して12月中には実施したい旨の返事があった。
 ぼくは生徒と顔を合わせて対話できる機会を楽しみにしている。疑問や反対の意見が出ることもあるかもしれないと先生が心配しているようなので、「いいじゃないですか。生徒の考えていることを自由に質問させてください。」。当然である。

 車座集会、アンケート、教育長への手紙、統合推進委員会の各部会での意見表明、その他あらゆる形で生徒の意見を聴きたいと思っている。これはぼくの一貫した姿勢である。
 4年前の教育長就任時に「歩く教育長」になりたいと表明したのは、現場第一主義、現場で苦労している人たちの声に耳を傾けたいとの強い思いからであった。子ども、先生、保護者、地域住民の皆さん、どなたのご意見にも耳を傾け、それを教育行政に反映させたいと考えるぼくの姿勢は一貫しているつもりである。
 「子どもの権利条約」を教育行政の基軸に据えているるぼくに、子どもの意見を拒む理由などあるはずがない。


●重要文化財 乙事諏訪神社保存修理竣工式に参列。
同神社はかつては諏訪神社上社の拝殿で、1849(嘉永2)年の上社御造営の際に、乙事に移築。以来、地元の氏神様となっている。
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余計なものがそぎ落とされ

2008年11月29日
 今日はホリデー。一週間分の新聞をまとめて読んでいる。
 こんな記事が目に留まった。

 ≪「母を介護して音色が優しくなった」 乳がん克服した遠藤郁子さん、あすリサイタル
  …「4年前に同居した母道子さん(90)の介護の犠牲になっているとは思わない。母と暮らすようになって音色が優しくなったといわれる」と郁子さん。90年に乳がんを患った後、余計なものがそぎ落とされ、演奏に透明感が生まれてが、さらに深みが加わったようだ。…≫(11.27付け「朝日新聞」生活欄)
 
 以前テレビで、遠藤さんの闘病生活の様子が紹介されていた。その時、とても深い人だなという印象が強かったが、この新聞記事を読んで、尊敬の念を抱く。
 ぼくと同年齢の64歳。できれば一度彼女のリサイタルを鑑賞してみたい。


 

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生徒の質問に答える

2008年11月28日
 xx君へ
 今朝の「信濃毎日新聞」諏訪版《諏訪の建物探訪⑨》に、南中学校の校舎のことが取り上げられています。
 その記事の中で、xx君(記事では実名)から校舎の後利用について質問と疑問が出されています。

 《「校舎はどうなるんですか」。十月下旬、町教委が開いた生徒たちへの説明会でXX君が質問した。南中は生徒が減って現在は百五人。統合は新しい新しい高原中の校舎を使うことになったが、①南中校舎の後利用については触れられなかった②xx君は「校舎に目が向けられていない」と感じた。

 説明会で全校生徒に町教委を代表して説明したのは君も承知のように私ですから、質問(疑問)に答えます。
 与えられた時間は15分間でしたが、説明が10分で終わったので、せっかくの機会だと思い「質問はありませんか?」と投げかけました。その中のやり取り一部でしたね。自分の方から挙手して質問したことは立派だと思いました。

 ①は質問、②は心配・疑問ですね。
 南中の後利用については、町長部局に「南中施設検討委員会」(仮称)を設置して、そこで検討することになっています。したがって、その場であらかじめ、踏み込んだ原案のようなものを話すことは適切ではないと判断して、具体論的に答えることを差し控えたのです。
 ただ、君が心配してくれている校舎をどうするかについては、同記事中で矢嶋町長が「建物は残す方向だ」と話しています。私も同じように考えています。校舎を壊すなどということは全く考えていません。貴重な建築物として末永く大切に管理維持して有効活用していけたらいいと考えています
 
 ②「校舎に目が向けられていない」との疑問は大変な誤解です。後利用計画については、これから設ける予定の検討委員会で話し合われます。町長は「使い方の議論はもっと後にしたい」と記事中で言っていますが、教育長応接室へは、「こうしてほしい」「こんなプランはどうですか」というようなご意見をもたれた方が何人も来られています。私は、個人的なレベルでの議論は今から自由にしあっていっこうにかまわないと考えています。

 よく「学校がなくなると過疎化が進む」と言われます。「中学校がなくなって地域がさびれた」というようなことに絶対ならないように願っています。生まれ故郷であるだけに、私には余計その思いが強いのです。境方面の地域の拠点、交流の広場として地域の皆さんに喜ばれる校舎のこと、後利についてみんなで知恵を出し合っていきましょう。君の意見もぜひ聞かせてください。


●富士見高校収穫祭開催式参列
●富士見高校学校評議員会
●第2回中学校統合推進委員会
●係長連絡会忘年会


 

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夢のふくらむ進路指導(2)

2008年11月27日
 (Dreams come true. 先日の続き)
 『生徒主体の進路指導 ドリカムプラン』は第1章 ドリカムヒストリー、第2章 カリキュラム開発、第3章 学校改善―ドリカムサクセスポイント、の3章からなっている。ここでは第3章の、なぜこのような学校改革が可能となったのかを分かりやすく説いた17のQ&Aを紹介しよう(要約)。詳細はぜひ手にとって読んでいただきたい。

 ピンチはチャンス
Q1 どうして改革が始まったのでしょうか? ―黒船の来航、ピンチが人を動かす
 平成6年4月、「新教育課程」と「私学の台頭」のダブルピンチに見舞われ、「このままでは生き残れない」という危機感が職員間に走った。
 学校改革で最も大きな障害は「職員の意識改革」であることは、よく語られている。人を動かすのが最も難しい。

Q2 なぜ、今、改革なのでしょうか?
 「改革には、上のほうが熱心で、教育委員会へ、学校へ、教室へと下に下がっていくほど薄まっていく」とはよく言われることである。
 閉鎖的といわれる学校において職員室はちょうど海の底のようなもので、海面では嵐が吹いて大波がおこっていようと、底まで変化は届かない。そこはどんより何の変化もない。
 末端で「これじゃいけない。なんとかしなくては」と実感されたとき、初めて改革は起こる。
 どんな組織であれ、環境に対応して変化していかなければ、時代に取り残されていく運命にある。
                       *
 ぼく達富士見町の場合は、児童・生徒数の減少(特にこの十数年間)から、統合に踏み切った訳であり、城南高校とピンチの内容はまったく異なるが、ある意味ではピンチからの試行錯誤であった。同校に学ぶべき点は多い。
(城南高校の取り組みの紹介をしばらく続ける)


●午前中、南諏校長会
●午後、伊那教育事務所との個々面接。教育委員長と同行。

Dreams come true.

2008年11月26日
 「あなたの夢は何ですか」 
 2002年、NHKスペシャルで、「学習意欲を取り戻せ」シリーズ第2弾として、生徒主体の進路指導「ドリカムプラン」(Dreams come true.)に取り組んでいる福岡県立城南高校の取り組みが、「あなたの夢は何ですか」のタイトルで紹介された。週2回「ドリカムの授業」を総合的な学習の時間に組み入れてはっきりとした成果が出始めたのである。 

 「生徒は自分の夢や目的を見つけた時、自分で走り出すものです」と述べる進路指導担当の女性教師の言葉に共感したものである。

 あらから6年、 ぼくは、新しい統合中学校の教育課程でこの取り組みが活かせるのではないか、ぜひ活かして欲しいと考えて、両校の校長にVTRを直接渡し、ダビングして教職員みんなで見てもらいたいとお願いした。

 9年間の試行錯誤の実践記録は『生徒主体の進路指導―福岡県立城南高校の試み―』(学事出版、2002年)にまとめられている。本書は次のような言葉で始まる。(抜粋)
 ≪今どき、この国にも大変な高校があったものだ。…しかし、実は「大変な高校」と言っても、ごく“当たり前”の実践を行うことを通して継続的に学校を改善してきたのである。
 ごく当たり前というのは、目先の進路指導ではなく、生徒自らが自分の夢を実現するためにこそ学校は存在するという、教育の原点に立ち戻っての“ドリカム”プランを生み出したことにある。
 周知のように進学校は多くの場合、得てして受験効率のみに生徒も教師も向きがちである。偏差値により輪切りをベースにした大学受験に目がくらむと、生徒にとっては〝自分としてはもっと他にやりたいことがあるのに〟の気持ちをおさえ込んで、とにもかくにも、まず合格自体を目標にひた走る。そのような進路学習を教師も保護者も支援することでネガティヴヴな受験文化ができ上がる。
 〝本気で〟教師が同僚的なチームを組んで生徒の主体的な進路学習へのモデルチェンジを「自分探しの旅」としてはかってきた結果、…総合的な学習のカリキュラム開発にも確実につながるものとなったという軌跡が本書の特色の一つである。
 教育の原点としての「理想」を建て前とはせずに、改善に向けてつなげて行く、即ち、「ドリーム」を「カミング、トルー」にする学校だからこそ今どき、大変なのである。≫(監修者中留武昭九州大学大学院人間環境学科研究院教授)

 教師がみんなで気持ちを一つにして取り組めば、理想・夢は建て前に終わらず、実現可能であると願うものである。(続く)


 
 

川崎市出張

2008年11月25日
 富士見町にある「川崎市少年自然の家」の運営協議のため、終日川崎市役所に出張。
会議の終了予定は午後3時30分。予定通りに進んだとして、富士見駅には午後7時49分着。

新しい中学校は町民の知恵を結集して

2008年11月24日
 新しい中学校への提案募集(「教育長への手紙」)

 新しい統合中学校は、南中と富士見高原中の歴史と伝統を融合し、生徒・教職員・保護者・地域住民がみんなで知恵を寄せ合って協働して創りあげていきたい、と教育委員会は願っています。(富士見町HP「中学校統合の理念」参照。)

 そこで、広く町民の皆さんから富士見町らしい魅力ある中学校づくりに対する提案をお聞きしたく、「教育長への手紙」を設けることにしました。
 「広報ふじみ」9月号に挟み込まれている「教育長への手紙」に自由にお書きいただいて投函していただければ幸いです。 (郵便料は受取人払いですから、切手を貼る必要はありません。)

 皆さんからいただいたアイディアは、今後、統合推進委員会で検討する際に貴重なご意見として参考にさせていただきます。
 
 この手紙を利用された方はまだ少ない。ぜひ活用していただきたい。

●叔父さんの13回忌、叔母さんの7回忌の法事。住職の「感応道交」の「感」は第六感、つまり心とのこと。真心の言葉が印象的。






楽しい子ども時代

2008年11月23日
 富士見小児童クラブ「児童だより」№8(平成20.11.11)を読む
 ≪ついこの間まで暑い暑い・・・と言っていてのがうそのように、一日一日朝晩の冷え込みを感じるようになってきました。確実に、そしてあし早に季節は冬に向かって進んでいます。セキをする子どもも多くなってきているかと思われます。手洗い、うがいをしっかりとできるようにしたいものですね。・・・≫

 ≪とん汁だぁ~
 11月6日に児童クラブの畑でとれた野菜を中心に、今年第1回目のとん汁会?!を行いました。じゃがいも・にんじん・かぼちゃ・お肉・油あげ・ごぼう・ズッキーニ!!の入った具だくさんのとん汁が出来上がりました。
 ズッキーニ入りは賛否両論ありましたが、あっという間に完食 おいしかったです。来月、もう一度とん汁会を計画しています。次回はさつまいも入り・・・かも?≫

 ≪作ってあそぼ―!! びゅんびゅんゴマ  先週ぐらいから学年を問わず流行し始めている・・・≫


 楽しそうですねー。このお便りも先生自身が楽しみながらのびのびと書いていますね~。自分も子どもの頃、こうしていろいろな大人の人たちのお世話になりながら大きくなってきたのだなあ~。

荻原私案(2)

2008年11月22日
(昨日の続き)
平成20年11月11日現在 「魅力(夢)ある中学校へ」(私案) ―(2)― 
    富士見町立南中学校長  荻 原

2 魅力(夢)ある中学校実現に向けて                 
 ○学校としての施設・設備の充実
  ☆既存の高原中学校施設・設備を使用する中で、ゆとりスペースの拡充を計る。    
   ※新校舎ということでなく、既存の施設を使用するという中で、増改築を再検討し、ゆとりスペース(休み時間に仲間と語れる、生徒との相談の中で落ち着いた部屋でゆっくり話せる、小グループが教室以外で活動できる)を拡充することにより、学校として安心<居場所づくり>、落ち着いた学校づくりとしたい。相談室、中間教室等有るが、一般生徒が自由空間や個人活動として活用でき、また、先生
方も生徒と或いは、先生同士でリラックスできる。
   ※食教育の充実・・・統合中学では90%以上の生徒が給食を楽しみにできるシステムが望まれる。現在、高原中では委託炊飯で南中では自校炊飯と異なる炊飯形式を実施しているが、11月4日に交互(職員及び1学級)試食<色合い、風味、味覚、堅柔等>をした結果、南中炊飯形式が美味しいことが確認できた。また、施設を拡充した場合の人件費、委託料等鑑みると施設拡充が将来にわたり利便性がある。(予算資料別紙) <オープンランチ方式、バイキング形式!>
※校地内に地域のお年寄りやボランティア参加者の集う(湯茶、昼食持参者)ホールや事務局設置し、また、生徒との交流の場として設置し、町ぐるみを強調する。

 ○教育内容(教育課程編成)が充実しており、意欲を持って取り組める。
  ☆地域の活力を生かした学校づくり
   ・人材バンクの登用
     ☆現在、数英は少人数加配で実施しているが、他教科も富士見町(外も含)に在住する有識者や元教員、そして特技ある方等を人材登録し、どの教科も複数指導体制(TT方式)を組み、対応できる。また、現教室を4つに小部屋とし、グループ学習や少人数学習として、教師はモニター(ビデオ、マイクシステム)で観察しながら指導出来る等、教科の充実を図ることが特色ある学校に繋がる。
・富士見高校や日本装飾美術学校・エプソン・カゴメ等との連携
☆将来的に中高一貫教育のシステム作りを構築したい。         
 ※中高一貫の6年教育(特色の園芸科を存続)の発祥中学として推進したい。そのためには高校教育課や義務教育課との連携が不可欠だが、6年計画(カリュクラム編成)の中で国公立大学進学率を諏訪二葉並(以前、下諏訪向陽高校新設時には優秀な人材登用、佐久長聖中も)にする。
 ・中高の進学指導に耐えうる教諭の確保
 ・各種進学塾とのシステム開発と支援策
※日本装飾美術学校及びエプソン、カゴメ等、地域に根ざした企業や学校との連携。
    ・諏訪の特色である「ものづくり諏訪<富士見>」をアピールするよい機会ととらえ、人材育         成と将来的には企業就職し活躍するシステムや連携を検討していく。
    ・学校オープンスクール化による生涯学習拠点校プラン
    ☆将来的に老若男女が通うオープンスクール
    ※核家族化が急激に進み、日本文化(富士見特有の文化含)の継承が危ぶまれる中、         老いは若きから若さをもらい、若きはお年寄りや大人から知恵を学ぶ自由なスクール          構想。
        ※地域のお年寄りやボランティア参加者の集う(湯茶、昼食持参者)ホールや事務局設           置し、老人大学設置など取り入れ、生徒との交流の場として設置    
    ・学級間交流授業
     ☆現行の少人数授業(数・英)の拡大構想 
        ※国語(等)における少人数編成・・・1学年4学級を学級の枠から外し、4クラスを基礎、         基礎応用2、応用発展の4習熟度学級とし、一人一人の能力や適正に応じて授業を          実施する。(職員加配必要)

    △教育課程の先取り方式化
     ☆新指導要領の時間数1050時間×3=3150時間の弾力的運用方式
    ※年間1050時間の授業数を個性の尊重、特に上位生の対策として、3150時間の授業数を      一日7時間日課などとして3年の一学期あたりで完全履修させ、残りの日数については高      校受験の模試等に当て入試対策により入試学力を強化していく。

 ○部活動等活発に行われ、優秀な成績を上げられる学校である。
  ※各大会やコンクール、応募作品等での優秀な成績確保
   ・各種(文化・スポーツ面)の活動には地域の活力活用として指導者の人材バンク登録し、先生が    異動で替わったとしても指導体制は整備(学校の顧問を中心として活動でき支援できる組織体    の構築)されており、伝統として継承できることが望まれる。(駒ヶ根東中 駅伝全国二年連続    出場・・・支援システム)
★先生が忙しい・・・作品が出せないなどについては、支援システム<美術、音楽、詩歌、技術     家庭、その他>の人材より指導していただき(出品申し込み等は教師)、多くの分野に統合中を    アピールし誇れる中学としたい。

3 南中再生利用計画
 ※南中廃校の転用に係る支援について、NPO法人に委ね、劇団や文化芸術団体が作品や稽古等行うものと、地域住民との様々な交流事業等を展開する拠点である「みなみ創造舎」として転用するなど文化芸術の創造環境として整備する方向が考えられる。南中学校跡施設を拠点として利用することにより、地域コミュニティの再生を目指し、文化芸術(スポーツ)の創造環境の充実を図りたい。また、屋  外空間において音楽やアートパフォーマンス等楽しめるイベント等開催をはじめ、オープンカフェの設置や敷地内に映画・テレビ等のロケを含む撮影場所等に関する相談・調整窓口の設置検討など、南中そのものを創造空間とし、さらなる創造活動や文化関連産業の活性化を連鎖的に醸成する地域へと再生する取り組みを推進していく。
  こうした基盤づくりに加え、今後さらに地域コミュニティの活性化に向けて町としてNPO等の活動団体が企画・実施する事業を支援するとともに、地域において各種文化活動(スポーツ)を支える人材の育成を目標として取り組みたい。地域再生の活力は多様な文化や個々の人間の交流により活性化される。
こうした観点から、当該NPO法人団体が企画・実施する事業を媒介として地域の人々が出会い、交流し、刺激し合いながら新たな価値を創出することが出来る。異世代、新旧住民、異年齢の子ども等の交流を図り、多様なプログラムを複合し展開することで、コミュニティの構築に繋げていく。

「私案」自発的に作成

2008年11月21日
 南中荻原勝校長が「魅力(夢)ある中学校へ(私案)」を自発的に作成し、第1回中学校統合委員会に提案した。当日は時間がなくて討論することはできなかったが、 教育長が語る「夢」をうけて、学校現場から夢の実現に向けて、このようなプランが自主的に提出され始めたことは、心強い。それぞれの私案が出されることを期待する。
 以下、荻原校長の了解をえたたので、全文を2回にわたって公開する。関係者にはぜひ読んでほしい。


平成20年11月11日現在  魅力(夢)ある中学校へ(私案)―(1)―  富士見町立南中学校  荻 原

1 生徒にとって魅力ある学校とは
 ○校舎が新しく、施設・設備が充実完備されている。(外部要因)
  ※今後の推進計画の中で将来を見据えた増改築プラン
  ・生徒の意識調査も含め検討したい。

 ○服装が斬新で、他校にない特色ある服装であり自慢にできる。(外部要因)
  ※2校の制服を検討する中で特色を出せるか?
   ・推進本部と制服部会とが連携し、生徒の意識調査も含め検討したい。

 ○教育内容(教育課程編成)が充実しており、意欲を持って取り組める。(内部要因)
  ※教育課程が一番特色を出せると思われる。他校(国県内外)の取り組みや特色を参考にし
て、富士見統一中学の特色ある中学としたい。

 ○先生方がすばらしく、授業はわかるし、一人一人に対応してくれる。(内外部要因)
  ※人事配置を生かしたスタート時の教職員配置の充実を計る。
   ・この2年間に渡り、人事構想を教育長、両校長と検討し、諏訪校長会(県教委)へ
も働きかけ、初年度を迎えたい。(二年計画であるが、本年度より充実を計る。)

 ○部活動等活発に行われ、優秀な成績を上げられる学校である。(内外部要因)
  ※運動・文化部、各大会やコンクール、応募作品等での優秀な成績確保
   ・職員の負担を軽滅させる人材の登用(指導者バンク)を検討する。また、他地区
にない町費講師の拡充<予算化>

 ○生徒間の人間関係もよく、学校生活が楽しく過ごせる学校である。(内部要因)
  ※交流計画を推進し、お互いを理解し統合を迎えていく。 
   ・統合時の不安要素(外部要因、内部要因)を特に生徒の側より探り、教職員(保
護者)も含めた総合的支援体制を構築し、不安(統合という不安要素はあるが)が解消され開校    を迎えていく。
 ○自分の興味・関心や能力(特技、技能)にあった活動が学校にはあること。(内外部要因)
  ※生徒一人一人の興味や関心、能力があり、そこを追求できるようなシステムがある。
   ・一方では部活動などで学校をアピールし、一方では埋没している生徒の能力を
    掘り起こし、統合中学には自分を生かせるシステムがある。夢の実現向け取り組
    める活動や学習がある支援体制。

 ○将来にわたり見通しがもてる学校(内外部要因)
   ※中学校での取り組みが高校や大学(企業)に繋がるシステムがあること。   
     ・私立中高校における6年間一貫教育の中で学習体制が整備され、それぞれ
      の目的にあった進路選択が出来、取り組めるシステムとしていく。
          (明日に続く)


●午前、庁議
●午後、2:30~5:00 平成20年度諏訪地区中等教育懇談会(諏訪教育会館)

本郷小 公開授業を参観

2008年11月20日
 本郷小学校は毎年公開授業研究会をやっている。公開することで負担もあるだろうが、ほどよい緊張感をもって十分準備して臨めば、教師としての力量がつく。

 「教師は授業で勝負する」。斎藤喜博(群馬県島小学校長 1911-1981)のキーワードである。「授業の創造」とともに。ぼくの、大学の卒業論文は「斎藤喜博論」、肝心なことが理解できていなかったために、自己評価は「不可」。『斎藤喜博全集』(国土社、毎日出版文化賞受賞)は死蔵状態。今一度、今置かれている立場で読むと、違った深い読みができるかもしれない。林竹二先生に紹介したのは全集刊行中だった。その後の二人の出会いと訣別の真相はわからないが、不幸なことであったと思う。(拙著『人間を学ぶ~林竹二先生の人と思想』径書房、絶版)

 本郷小の公開授業に戻る。4年1組の国語「ごんぎつね」。
 次いで3年1組のNIE校(2年次研究)「ぼく・わたしが集めた新聞記事」の授業(総合的な学習の時間)を参観。NIEとは「教育に新聞を=Nespaper in education」。本時は「のう薬新聞『どくは、こわい』」、「ノーベル化学賞新聞」、「いいこと・きけんなこと新聞」、「西武日本一新聞」。
 以前、この欄でも紹介したかもしれないが、小学生時代に「毎日小学生新聞」を親にねだって購読していたぼくは、新聞の恩恵を受けて育ったと言ってもいいくらいだ。新聞は世の中を知る窓口である。新聞を読む習慣も自ずからついた。新聞を読む人・読まない人・・・世界の広がりは比べようがないほど大きいだろう。

 4年前、教育長就任時に、「教育に新聞を」の精神をさらに発展させて、校長会に「子ども議会」を提案したところ7人中複数の反対者がおり頓挫した。負担だということかなと勝手に思ったものである。お隣りの原村は既に実施ていたし、茅野市も今年から始めている。自分の住んでいる自治体のことを調べて質問力をつけることは素晴らしい教育だと思う。負担のかからない範囲で、できないものか。今の校長たちはどう考えているだろう?

 創作オペレッタ「稗の底(ひえのそこ)―表現を工夫しよう―」に拍手!! 
 体育館で開かれた全校児童170名によるオペレッタは、事前に全校児童が、江戸時代前期まで続き廃村になった稗之底村跡を歩き古老にお話を聞き、その歴史を音楽専科の平澤洋子教諭がオペレッタに。脚本、作詞、作曲を手がけた平澤先生と同僚教員の協力の賜物である。子どもたちは実に堂々と演じた。自信につながったことだろう。同校の底力を感じた。雰囲気もやわらかい。

 もっと多くの町民の皆さんに鑑賞していただく機会を設けてもらえないだろうか。本日ご指導をお願いした伊那市教育委員長の松田泰俊先生のご提案である。
(関連記事)
10.30「長野日報」、10.31「信濃毎日新聞」。明日の各新聞、LCVニュース。


●緊急経済対策 富士見町独自に1億円。工事前倒しや燃料補助(「長野日報」「信毎」)
●再び部屋にストーブが入る。感謝!!

南中教諭 境小で出前授業

2008年11月19日
 ついにやってくれましたね。
 「小中連携」の重要性を常々言ってきましたが、中学校の先生が小学校へ出かけて出前授業を行うのは、ぼくの知る限り富士見町では初めての快挙です! 広がりを期待します。

 今朝の新聞「長野日報」富士見版を見て、初めて知りました。

≪中学の勉強 楽しみ  南中教諭、境小で出前授業
 富士見町の南中学校(荻原勝校長)は18日、同町の境小で算数出前授業を行った。中学校の数学担当、両角太教諭が6年生29人に分かりやすく授業を行った。

 出前授業は小中学校連携の一環として実施。これまでも小学校6年生児童を対象とした中学校体験などを行ってきたが、施設や授業の見学を主体としていたため、中学の授業を受講することで中学での学習の不安を解消しようと初めて行った。(中略)
 両角教諭は「中学では計算だけの授業はほんの少し。楽しみながら学んでいるので心配しないで」と呼びかけた
 6年生の武藤ひなさんは「早く本当の授業を受けてみたい」と話していた。

 算数出前授業は落合小学校でも行う予定で、同中学は他教科の授業も検討している。≫

 教育長としては、こうして自主的な前向きな取り組みが始まったことを、本当にうれしく思います


●午前10~12時、両中学校長と2年先を見越して諸々の打合せ。
●午後、事務局と打合せ
●富士見高原中教頭から統合に向けて熱心に勉強している近況がメールで届く。頼もしい限り。

▲昨夜から雪が降り始めた。いつもの年より早いとは職員の言。今朝は家の周囲にも薄っすらと雪が積もっている。西山を眺めるとパノラマスキー場のコースがくっきりと白く見える。午後からまたぱらつき始めた。夕方落合小に行った時には降ってはいなかったが、南中、井戸尻考古館では本格的な降り。しかし立場川を過ぎるとぱたりと止んだ。いよいよ寒~い寒~い高原の冬がやってくる。

ゲーテを誤解

2008年11月18日
 人はいろいろな面をもっており、ある一面だけで評価するととんでもない誤解につながり、その人物評価を決め付けてしまうことにもなる。

 ぼくは、中学生のころから作曲家のベートーヴェンが大好きで、彼の伝記はロマン・ロランの『ベートーヴェンの生涯』(みすず書房)をはじめ何冊も読んできた。 どの伝記にも、同時代の文豪ゲーテとの仲たがいのエピソードが出てくる。
 
 <宮廷の一行がやって来た時、、ゲーテは道の傍(かたわ)らによけて帽子を取ってうやうやしくおじぎをして、一行の通り過ぎるのを見送った。ベートーヴェンは帽子の具合をちょっと直しただけで、その一行の群の中を進んで。宮廷人の一行は両側に分かれてベートーヴェンに会釈(えしゃく)した。この事件以来、ゲーテは粗野なベートーヴェンと仲たがいした。>

 伝記はとかくその人をひいき目に見る。このエピソードから、宮廷人にさえへつらわない不羈(ふき、freedom)独立、誇り高き自由人ベートーヴェンに対して、ゲーテ(ワイマール大公の枢密顧問官)は相手に気に入るようにご機嫌を取る「おもねる人」とぼくは思い込んだのである。その「誤解」は最近まで続いた。
 「誤解」していたことに気付いたきっかけは、エッカーマンの『ゲーテとの対話』(岩波文庫、上・中・下巻)は人生の知恵の宝庫という読書論に誘われて読み始めたことと、池内紀(おさむ)さんのわかりやすい新訳『ファウスト』第一部・第二部(集英社文庫、2巻)が出版され、買い求めて再読し始めたこととである。ダンテの『神曲』に匹敵(ひってき)する古典『ファウスト』。

 長い間食わず嫌いをしていた。人生の先達・ゲーテを読まないなんてもったいない! 

参考:山根銀二『ベートーヴェンの生涯』(岩波ジュニア新書)…ジュニア向けの本書は名著だと思う。上記のエピソードを共和主義者のベートーヴェンと枢密顧問官という両者立場と思想の違いにまで踏み込んで解説している。


●午後出張。比較的静かな一日であった。

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大人の遠足

2008年11月17日
 『<中央線からアクセスできる山50>中央線からの山あるき ―富士周辺・南アルプス・八ヶ岳・奥秩父』を買ってきてこたつでパラパラ眺める。シリーズ「大人の遠足BOOK」、「大人の遠足」という名前がなんとも気に入った。

 50山のうち、はたして幾つの山に登ることができるのだろうか? 「忙しい、忙しい」で終わってしまうのか。それとも大好きな山登りもしながら、いい仕事もできるのか。
 自分にもわからないが、願わくば、楽しいことを楽しみながら、仕事と人生のバランスをほどよくとった生活を送りたい。

 山に登ることができるのも60代までと考えれば、せいぜいあと6年。「♪命短し♪恋せよ乙女」の歌声がしみじみと聞こえてくるようだ。ぼくもこんな年齢になったのか。やりたいことは一杯あるのに人生は短い。
 時間は誰にでも平等に与えられている。やりたいことは後でと考えないで「今」やる。「人生は短い」などとぼやいているのでは情けない。我ながら。

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東都高原富士見会と交流

2008年11月16日
 ふるさとを後にした人たち
 戦後―特に高度経済成長期に富士見町の多くの皆さんが首都圏に出て、それぞれの人生を歩まれている。「東都高原富士見会」を結成して、毎年春とこの時期にJR四谷駅前のホテルで親睦を深め合っている。
 私たち富士見町の10名がお招きいただき、ふるさとの近況をお伝えした。その後懇親会。余興は相撲甚句。
 二次会は、いつものように郷土出身の小林さんの経営する新宿駅前「三平食堂」。おおいに飲み、語り、お互いの健康を願いあった。

 毎年、富士見町の諸行事にも来られる。ふるさとは、幾つになっても懐かしいものである。

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本日は休業

2008年11月15日
 ホリデー。頭の芯から疲れた感じがして、朝ごはんを食べた後もまた熟睡。テレビで「小椋佳の世界」(85分)を観た。次男と正面から向き合う関係を取り戻す。「一緒に何かをやる、行動を共にすることが必要だったが、それをしなかった。」と反省している姿は誠実そのものである。
 その後もカンさんの「悩む力ー夏目漱石の作品を読む」、黒澤明監督の映画「赤ひげ」(録画)をごろ寝をして観る。ボーットした時間が過ぎる。
 
 夕方、娯楽本を求めて、町内の2書店を回ったがなかったので、本店がある隣の市まで行ったがなかった。さらに足を伸ばしてその先の市まで行ったが結局なかった。山歩きと源氏物語関係の本を買い求めて帰ってきた。今は書店めぐりよりもネットで注文したほうがはるかに迅速に手に入る・・・。

「お元気ですか」

2008年11月14日
 朝5時、6時代の散歩は日の出が遅くなったので無理になってきた。それで、役場へ出勤する時、道草を食いながらわざわざ遠回りをしてあぜ道や農道を歩いて歩数を稼ぐことにしている。

 今日も小春日和で、8時過ぎには朝日はもう高く昇っている。雲ひとつないどこまでも透明に澄み切った真っ青な空。夜の満天の星空とともに、富士見町の景観として感動的である。土地の人は当たり前と思っているようであるが、首都圏暮らしのぼくの子どもたちから見ても、やはり感動ものであるようだ。

 今朝は、鈴を鳴らしながら歩いてくる老人とお会いした。
「その鈴は熊よけですか?」
「えっ?」、どうやらぼくと同じように耳が遠いらしい。
もう一度「熊よけですか?」
にこにこ顔で、「ああ、森を通り抜けてくるものだからね」
「そうですか」
そうするとご老人の方から「お元気ですか?」と。
「?? ああ、ありがとうございます」。
なんだか話が逆のようになって、おかしかった。

 少し先へ行くと、富士見高原病院前の歩道。杉の木がみごとに黄葉している。広葉樹の枯葉でじゅうたんのようである。この病院は、大正時代の美人画で有名な竹久夢二の終焉の地である。また、堀辰雄の恋人が入院していたことでも知られている。彼女をモデルに小説『風立ちぬ』が書かれた。


●午前9~11時 第1回中学校統合推進委員会について課内で話し合い。
●午後、古屋諏訪中学校会長、牛山教育部会長を訪問。
●町内、2中学校長と打合せ。
●教育課程部会打合せ会議(場合によっては中止)

 

第1回中学校統合推進委員会委員長あいさつ

2008年11月13日
 中学校統合推進に向けて、この間、かなり緊張し身体的にも無理をしたせいか、体重が30代前半の頃にまで落ちた。昨夜の第1回推進委員会が終わってひとまずほっとし、少し精神的にゆっくりしたいと思っていたが、それもつかの間、次の高いハードルがもう目の前に立ち現れた。終り無き旅である。

 今日は、晩秋の小春日和。畑と森の狭間の小道を歩いていると、汗ばむほどの暖かさであった。森の紅葉(黄葉)と、はらはらと落ちてくる枯葉踏みしめながら歩くひと時の安堵感。
 午後3時半から両校の校長と打合せ。その後、
●県中学駅伝で、陸上部のない富士見高原中学校が、女子の部で昨年の14位から9位に躍進。2年連続で北信越大会出場の切符を手に入れる快挙。
 今日は、顧問の山田先生に引率された6名の選手が教育長応接室にあいさつに訪れてくれた。一人一人の選手が抱負と決意を語ってくれた。個人競技と違ってたすきを渡していくリレー。心を一つにして頑張ってきてほしい。


2008.11.12(水)午後7時~ 第1回中学校統合推進委員会

(統合推進委員会委員長挨拶)
新しい中学校のビジョンの探究
―「夢のある、明るい中学校」をめざして―


中学校統合推進委員会委員長(富士見町教育委員会教育長) 小林 洋文

 1、お礼の挨拶
 みなさん、こんばんは。日に日に秋が深まり、朝夕はひときわ冷え込む季節となりました。

 本日はお忙しい中、第1回富士見町立中学校統合推進委員会にお集まりいただきましてありがとうございます。これからは「富士見の中学校は一つ」になります。「富士見町も一つ」「町民としての意識も一つ」になります。

 皆様に統合推進委員をお願いしましたところ、全員の方からご快諾いただきました。感謝申し上げます。また、両中学校の教職員全員が委員になっていただくことになりました。ご苦労をおかけすることになりますが、「富士見の子どもの健やかな成長」を願って、ひとつよろしくお願い致します

 さて、先ほどの経過説明にもありましたように、来年度をもって南中学校並びに富士見高原中学校を閉校し、再来年度、平成22年4月からまったく新しい統合中学校として開校するが決定されました。
 矢嶋町長の挨拶にもありましたように、統合はあくまで「対等な統合」を基本方針としております。この方針を大事にしていただきたいと思います。
 委員のみなさんには6月に実施した保護者の意向アンケート結果を参考資料としてお配りしましたが、このあと開かれる校名・校歌・校章・制服・通学方法等の各部会においては、既存の中学校にとらわれず、真っ新(まっさら)な状態から検討を始めてくださるようご配慮をお願い申し上げます。
 
2、「新しい理想の中学校像」について夢を共に語ろう!
(夢の実現)
 いよいよ富士見町の「新しい理想の中学校像」について夢を共に語り合う日がやってきました。
先のアメリカの大統領選で、初の黒人大統領が誕生しました。
今から45年前、1963年8月28日、アメリカのワシントン広場で人種差別撤廃、各人種の融合を求める大行進を指導したマーティン・ルーサー・キング・Jr.牧師の「I have a dream.」(私には夢がある)の演説はあまりにも有名です。それから約半世紀、“change”と呼びかけ“Yes,we can”と応える国民によって、夢は実現したのです。
 私たちにも、新しい中学校について夢を語り、高邁な理想の実現に向けて熱い議論を交わす時がやってきました。
 中学校は進学か就職か、どこの学校に進学できるかできないか。それをとかく偏差値で判断する画一的な進路指導にとらわれがちです。私たちは、そのような中学校についての固定観念・既成概念からいったん離れて、生徒も先生も保護者も夢をもち、夢の実現に向けみんなで頑張る決意を、今日改めて新たにしようとしています。

 (日本の教育の2つの課題)
 理想を実現するためには、今日の日本が抱える教育の大きな課題を克服しなければなりません。
(自己肯定感が低い)
第一に、学年が進行するにつれて自信を失っていく子どもがとても多いことです。
日本の子どもたちは「自分は自分らしくあればいいんだ」とありのままの自分を認め自分に自信をもつ感情=「自己肯定感」が世界のどの国の子どもに比べても極端に低いという調査結果が既に1970年代からいくつも出ています。早々に自分の将来に見切りをつけ、夢をなくしていく日本の子どもたち。これは、たえず友だち同士・学校同士が比較・競争にさらされている日本の教育のあり方と無関係ではありません。

 (学習意欲の低下、校外学習時間の減少)
 第二に、日本の子どもの学習意欲がこの20数年間、急激に低下していることです。
かつての日本の子どもは、1980年頃までは世界一長い時間勉強し、学習意欲が高く「日本の教育に見倣え」と国際的にも高く評価されていました。しかし、その後、日本の子どもの家庭学習時間は急激に減少し、IEA(国際教育到達度評価学会)や、OECD(経済協力開発機構)が3年毎に実施しているPISA(国際学習到達度比較調査=「義務教育修了段階の15歳児が持っている知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかを評価し、かつ創造的な思考のプロセス、概念の理解、及び様々な状況でそれらを生かす力を評価する」調査)で、今や、世界で最低のレベルにまで転落していることが明らかになりました。
 中学2年生の43%が自宅での学習時間がゼロ時間であるという東京との調査結果が出たのは10年前の1998年のことでした。90年代はじめのバブル経済の崩壊後に、この傾向が急速に進行しました。
 2006年、OECDが実施したPISAの結果でも、学習意欲を示す項目で参加57ヶ国・地域の中で依然として最低レベルでありました。

 富士見町の中学生の家庭学習時間も、文部科学省や町単独の学力・学習状況調査で、かなり短いということがわかりました。家庭学習の習慣化は喫緊の大きな課題です。
知らないことを知り、分からないことが分かるようになり、できなかったことができるようになることは、本来、愉しいはずです。学問に王道はありません。忍耐力・継続する意志、学習意欲が欠かせません。
 「学びは快楽」―そのような高みにまで子どものレベルを引き上げる。先生には生徒を惹きつけるスケールの大きいダイナミックな授業展開をぜひしていただきたい。期待しています。
先生と生徒が共に「学びの快楽」を体験できる授業は、想像するだけでも楽しくなってくるではありませんか。

 (夢を探し目標を見つけた時、学習意欲を取り戻す。)
 「教育とは共に希望を語ること。学ぶとは誠実を胸に刻むこと」とはフランスの詩人ルイ・アラゴンの詩の一節です。
 「どんな時に勉強をやる気になりますか?と問いかけると、中学生や高校生は「自分の夢が見つかった時。将来就きたい職業が決まった時」と答えます。自分の夢や目標が決まった時、叱咤激励しなくても、生徒は自分で走り出すものです。夢の実現のためなら、人に言われなくても、集中力を発揮して自発的に努力するものである。
 何のために勉強するのか? 若い頃、私も自問自答しました。答えはすぐには見つかりませんでしたが、悩み続ける、考え続けるプロセスそれ自体が大切だったと今にして思うのです。
生徒自身が夢を見つけることを支援するのが学校であり、相談に乗ってあげるのが先生と親御さん、周囲の色々な人との出会いです。
 いつも生徒に「あなたの夢はなんですか?」と語りかけ、生徒が自分の夢や目標に向かって日々切磋琢磨しながら真剣に学び合う。叱咤激励されて学ぶ受身の学習から、自発的に学習意欲を持って学ぶ。そういう先生と生徒の関係を私は夢みます。

 「Dream comes true.(夢は実現できる)」、通称「ドリカムの授業」を週2回取って進路指導をして大きな成果を出している学校があります。
1年生ではどんな職業があるか探す調査の年。
2年生になると行動の年。自分の就きたいあこがれの職場を訪問し、体験する。様々な人と出会い、アドバイスを受け、激励され意欲を高める。その道の一流の人・あこがれの人との感動的な出会いは、大きな刺激になります。
3年生になると、あこがれる職業や進学を希望する高校に入学できるよう、夢の実現に向けて受験勉強をする年

 私たちの新しく創りあげる中学校は、目先の受験指導よりも学校を卒業したあとの職業生活、将来を見据えた進路指導を計画的に実施する中学校教育でありたい。
 そのような中学校においてこそ、学ぶ生徒は学習意欲を高め、試行錯誤を重ねながら、それぞれの夢の実現に向かって邁進するに違いありません。

 (明るい職場、専門家集団―先生が変われば生徒が変わる)
 生徒が生き生きとして、友だち同士が仲良く、互いに切磋琢磨して自主的に学び合う人間関係。
そして、先生も大変な仕事量をこなしながらも互いに助け合う明るい職場環境。画一的な一斉授業、詰め込み授業を脱却し各教科の専門性を十二分に発揮したメリハリのある授業が展開されるなら、生徒の集中力は途切れないことでしょう。「教師は授業で勝負」。先生が変われば生徒が変わる。生徒が変われば保護者の学校や先生に対する見方が変わる。そう信じています。

 「夢のある明るい学校」、「豊かな自然に恵まれた富士見町ならではの自然主義教育など、特色のある学校」―そういう活気のある個性的な中学校の実現を目指してお互いに協力し合う姿を私は夢見ています。会場のみなさんもきっと私と同じ願いを持っておられるだろうと思います。

3、教育の理念と目的
 これから1年半の統合推進過程では、まず「教育とは何か」、「教育の理念」と「教育の目的」を原点に立ち戻って共に考え合うことが非常に大切ではないかと私は考えています。そういう機会はそうめったにあるものではありません。よい機会ですから、教育の理念と目的を、教育基本法では次のように述べていることを皆さんと共にこの場で確認したいと思います。
 教育の理念を格調高くこう述べています。

 《我々日本国民は、たゆまぬ努力で築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。
 我々は、この理想を実現するために、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。
 ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。》

 私たちは、教育が私事(わたくしごと)、自分ひとりだけに関係のあること、個人的な営みとして考えられ、矮小化されて考えられているのではないかと思います。しかし、教育は公事(おおやけごと)、公的な性格をもつものです。公共性をもつからこそ、私学教育も含めて「公教育」というのです。
 「個人の尊厳を重んじる」とともに、「公共の精神を尊ぶ」という教育基本法前文の教育理念は、個人主義的な目的実現に手段化されている現在の学校教育を、「共に学び合う」学習共同体としてよみがえらせる必要があります。この度の統合が、そのことを共に考えあうよい機会になることを願っています。

 教育の目的については、簡潔に次のように述べています。
 《教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。》

 教育は私事(わたくしごと)として人格の完成を目指すとともに、公教育として平和で民主的な国家及び社会の形成者を目指すという公共性を持つものです。
 
 21世紀富士見町の教育新生プラン(学校教育目標)
 さて、私たちの町、富士見町では、学校が週五日制になった平成14年度から次の4つの学校教育目標を立てて教育を推進しています。私なりに多少補足して紹介しますと、
1、家庭や地域に開かれた学校運営。
2、すべての子どもに確かな学力を育てる。加えて、家庭学習の習慣化、学習意欲の向上。
3、豊かな心を育てる道徳教育。豊かな読書活動体験。
4、一人の淋しい子どももつくらない学校。
 これら4つに加えて、私は、第5として、「体力の向上」を加える必要があると思っています。
 1980年代半ば以降25年間に子どもの体力は著しく低下しています。転び方を知らない子どもたち。肥満傾向の「生活習慣病予備軍」とも言うべき子どもが、この25年間で2倍に増えています。運動不足、食生活の乱れ、不規則な生活リズムなどが原因です。「早寝・早起き・朝ご飯」は、脳科学的にも非常に重要です。

4、フィンランドの教育に学ぶ
 一方、目を世界に転じて教育立国フィンランドに学ぶべきことが多いと、前にも増して思うようになりました。
 ジャーナリストの増田ユリヤさんは、著書『教育立国フィンランド流 教師の育て方』―先月、矢嶋町長に紹介された本ですがーの中から、特に印象に残った点を紹介します。
 フィンランドは、長く帝政ロシアとベルギーの植民地として苦難の道を歩まされた歴史があります。そのため、祖国を支えていくのは子どもや若者である。資源が乏しいので、教育立国として人材育成をして祖国を支えるという強い自覚があるようです。

 増田さんは、フィンランドの教育のキーワードを3つにまとめています。
1つ目。祖国を支える子どもだから、一人の落ちこぼれも出すわけにはいかない。すべての子どもに「質的に平等の教育」を保障する。
 人は「みんな違う」ということを、最大限に生かす教育。―その象徴的な制度が、就学前教育(プレスクール)と「10年生」です。

 就学前教育(プレスクール)
 保育所内、小学校内に設置。無償(フィンランドは教育費はすべて無償です)。ほとんどの子どもは小学校入学前に受ける。●自分の子どもが小学校に入学するには発達が不十分、未成熟と判断した場合には、保護者は小学校やプリスクールの先生と話し合ったうえで、入学を1年遅らせることができるのです。

「10年生」
中学校卒業に際して、希望する普通科高校や職業高校に進学する成績に満たないと考えた場合には、もう1年勉強することができる「10年生」という特別プログラムが準備されている。毎年希望する生徒は3%程度。(徹底した習得主義)

 私が大変感動したのは、
 《プリスクール、10年生―いずれの場合にも、「1年遅れたから恥ずかしい」というような意識は本人にも周囲にもなく、その子どもの発達や成長に見合った進み方をすることを当然のこととして受け入れられている。》という点です。日本では考えられません。教育風土、人間観の根本的な違いを思い知らされた感がしました。

2つ目。現場を信頼する。現場に徹底的に任せる。校長は、自分の学校の教師の勤務評定をせず、教師を信頼して、すべてを任せている。
 
3つ目。その前提になっているのが、質の高い教員養成。30年前から修士号資格取得が条件、教育実習は延べ半年間、大学卒業に5~6年かかるそうです。
 PISA(国際学習到達度調査)で「好成績の理由は?」とある女性校長に著者が尋ねたところ、帰ってきた答えは「オペッタヤ! オペッタヤ!オペッタヤ!(教師! 教師! 教師!) 教師の質の高さです!」。これが合言葉になっていたということです。

 「学力世界一」を支えるのは、経験豊かな教師たち。フィンランドのある先生は、教師のやりがいをこう話しています。

《私は教師の仕事が本当に好きです。
この仕事は同じ日が一つとしてありません。
子どもたちの様子も毎日違うので、
それぞれに合った学びを探す努力を続けていかなくては。
教師の仕事に終りはありませんね。》
 
 以上の3つに加えて、フィンランドでは、他者との「比較の競争」は不健康であると考えているようです。これは日本の教育風土と大きく異なる点です。
 「フィンランドは競争をしない社会だと聞いていますが」との質問に、ヘルシンキ大学教育学部の教授が、
 《確かに、フィンランドは他国と競争することを好みません。しかし、EUの一員としてヨーロッパの中で否が応でも競争の中に放り込まれています。その中で、どうやって国の力をキープしていくのか。この国を支えていくのは未来の若者たちです。その若者たちを育てる要となるのが教師。フィンランドの教師にとって、これが最大のモティベーションです。
 フィンランド流の競争力というのは、自国がどうやって自分の足で立つかという、いわば内面に向かった競争です。他者と比較する競争は不健康だと考えています。

 日本の研究者も言っていましたよ。「社会を築いていくには、違った能力を持ち合わせることが有効だ。一つのことで争って相手を潰したりするのは意味のないこと。それよりも、各自の優れたところを共有していくことが大きな成功につながる」と。
 違う個性をもった同士が、できることとできないことを補い合って一緒に上がっていくということです。自分ができないことはマイナスではない。同僚や友人と協力して補い合えばいいのです。》

 市場原理主義が急速に広がった日本ではまるで夢物語のような考え方が、フィンランドではごく当たり前になっている。お国柄の違いに私は深く考えさせられました。

5、統合の準備過程で大事にしていただきたいと私が思っている事を4点簡潔に申し上げます。
1つ。統合推進委員会、各部会では、過去の経緯にこだわらずに、富士見町づくりの将来像とも関わって、大所高所から将来を見据えた議論を自由闊達にお願いしたいと思います。

2つ。学校の主人公は生徒ですから、生徒の夢や希望、意見などを尊重しながら様々な事柄を決めていきたいと考えています。学校と相談しながら、車座集会で直接顔を合わせて話を聞くとか、手紙やアンケートなどで意向を聞き取るなどの工夫をしたいと考えています。
 開校する前に何度も交流会を実施して、顔見知りになっておくことも大事なことです。親近感をもってスムーズに開校を迎えられるよう、配慮します。

3つ。教職員同士も、合同の職員会議や教科会などをもって、統合に向けて両校の足並みを揃えることも既に始めております。両校の校長・教頭・教務主任と私とで教育の理念や目標などを語り合っているところです。また、校舎の教室等施設設備面でも、新しい発想で教育活動ができないものか、目下検討中であります。この面での先進校の視察もしたいと計画しています。
 フランスの思想家j.j.ルソーは教育学の古典として名高い『エミール』という著書の中で、「農夫のように働き哲学者のように考える」子どもが理想の子ども像だと書いています。すなわち、学力、学ぶ意欲、体力、規範意識、モラル・人間的な豊かな感情、そして「生きる力」をすべての子どもに保障する教育、子どもの人権・学習権・発達権を保障する教育の実現のために、教職員のみなさんには努力していただくことになります。
 当然のことながら、富士見町教育委員会は「豊かな感情と知性を育む教育・学習環境を整備」をはじめ、あらゆる支援を惜しみません。役場全体、町全体をあげて共に協力いたします。

4つ。学校は地域の中にあり、地域住民と共に歩む“地域に根ざした学校教育”を進めることが必要であり、自然な姿でもあります。地域に開かれた開放的な学校運営、地域のみなさんにお出でいただいてご意見をお聞きし、また授業の講師をしていただけるような関係、地域との太い絆をぜひ作り上げていきたいと願っています。そのためのシステム作りが必要であると考えています。
 
結び
 以上、新しい中学校のビジョンを共に考え合っていく記念すべき第1回中学校統合推進委員会開催にあたり、貴重な時間をいただいて中学校に寄せる私の「夢」の一端を語らせていただきました。夢の実現に向けて全力を尽くすことを誓い、私の話を結びます。

 このあと、委員会、各部会での自由闊達な議論に期待いたします。ご清聴ありがとうございました。

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今夜は

2008年11月12日
 今夜は7時から第1回中学校統合推進委員会。20分間スピーチの原稿推敲で時間的余裕がない。日記はパス。たとえ2行でも毎日継続しているということにはなる、かな?
 これにて失礼。


●午後富士見町健康づくり推進協議会。少子化対策、食生活やタバコの害など、ドクターのご意見を拝聴。確認していないが、『ある大先生が「タバコは無害」と言っているとか(文芸春秋』2007.11月号)。

「こたつ」が登場

2008年11月11日
 「本郷小児童クラブだより」(平成20.11.6 №8)を読む。
 ほのぼのとした先生の手書きのおたよりが私の手元に届いた。
《いよいよ寒くなってきました。夕方はストーブを入れないといられない程になりました。そこで、寒さ対策として「こたつ」が登場。子どもたちは大よろこび。さっそく、もぐったり、寝転んだりしていました。おうちのこたつの様に、もぐっての~んびりというのも、ほんわかしていいなと…。一番ぬけ出せなくなりそうな私です…。》
 この後に、《懇談会が終わりました。…おかげ様でおうちのみなさんからは、「児童クラブに行くのは楽しみ」という声をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。時にけんかになたったり、やることがなくてつまらなかったりという日もあるけれど、みんなで考え合っていけてるのかなと思いました。・・・》。
 その他に、「子ども達の様子」「今月の予定」「おたん生日おめでとう」の記事が続きます。
 
 ぼくは、ルソーの「二度と来ないあの子ども時代。短くも美しい思い出の詰まった子ども時代。・・・」(『エミール』上巻、岩波文庫)の言葉を思い出し、自分の子ども時代に思いを馳せた。


●午後2:00~2:45 町政功労者表彰式、茶話会。3人のみなさんの美しい心とご好意に、厚く感謝いたします。。
●明日の夜の20分間スピーチの原稿がようやくできあがった。一晩寝かせて、明日、会議の合間に推敲したい。


「匿名」社会は暗い

2008年11月10日
 「匿名」について考える
 
1、40代の頃、地方紙に「学校ってなんだ」という連載をしていた時、ある教師の実践を高く評価したところ、匿名のお手紙をいただいた。毛筆の達筆な文章であった。内容は、その教師に対する批判であった。
2、その連載で「学校の主人公は子ども」と書いたところ、「とんでもない。主人公は教師である」との匿名のお手紙をいただいた。教育観を語り合いたかったが、匿名ゆえ、お話をする術がなかった。

 教育長就任後、匿名やうわさについて考えさせられることがいくつかある。
1、第三者を装って、ある特定の個人を非難・攻撃する内容のものであった。手の込んだ文面で、真偽の程を正確に特定することに時間がかかったが、事は人権問題。匿名は無責任。
2、教育委員会方針にあるうわさがたった。思い当たる節がないので困惑したが、根拠のないうわさはあっという間に広がった。いかにもまことしやかに。
3、毛筆の達意の文章で匿名のお手紙をいただいた。内容には同感するものがあったので、それについては努力して願いに応えたつもりである。
4、中学校統合に関する「教育長への手紙」を切手不要で「広報ふじみ」9月号に挿入した。数通の匿名の手紙があったが、共通する点がある。①覆面ゆえか、一方的な批判に終始。名前を名乗るなら、相手に対する言葉遣いも少しは気をつけるだろう。しかし、匿名者にはその配慮は必要ないのである。②明らかな誤解、憶測、思い込み、決め付けに対しても、お答えの手段がない。説明しようにもその手段がない。もともとそのような説明などはじめから聞く気がないのかな?とさえ思ってしまう。③匿名ははじめから応答関係を拒否した手段である。お互いに相手の意見に耳を傾けながら、前向きに話し合いを進めることが、必要不可欠である。④あえて匿名にする必要がないものも中にはある。

 ブログもほとんどが匿名の社会である。閉じられた薄気味悪い危険な社会であるとの批判に同感である。先日、韓国の人気女優がインターネット上での中傷を苦に自殺した。
 国内でもインターネット上で個人が誹謗中傷され集中攻撃されるケースが後を絶たない。(いずれも11.4「読売新聞」特集)。
 教育長として特に深刻に受け止めているのは、いわゆる「学校裏サイト」。ネット上での特定の個人を攻撃する誹謗中傷はまたたく間に広がる。全国各地で自殺に追い込まれた例が後を断たない。匿名、覆面をして自分の姿を隠し、自分の身の安全を確保しつつ、個人攻撃をする。これを「卑怯者」と言う。
 大人も子どもも匿名化し覆面で他者攻撃をする社会は、なんとも暗い社会である。日本はいつからこんなモラルハザードが起こってしまったのだろうか。


●終日、新中学校に寄せる夢について原稿執筆。
●姉妹町・西伊豆町友好委員会合同会議


●金融危機 諏訪にも影。生産減少傾向強まる、先行きに不透明感。自動車各社の減産方針 小規模企業を直撃。物流業界にも余波。(11.9「長野日報」一面トップ)

一輪挿しにほおずき

2008年11月09日
 (仕事)
 今日は日曜日だが役場に来て、教育長応接室で12日(水)夜富士見高原中学校多目的ホールで開かれる第1回中学校統合推進委員会(公開)の20分間スピーチ(新しい統合中学校の理念と構想)の原稿を執筆している。
 先週毎晩続いた住民懇談会で少々疲労がたまっているのでゆっくり休養したいところだが、そうもいっていられない。
 
 (絵画) 
 殺風景な応接室。先日は、町が持っている画家の中川紀元さんの「紀元 信濃境から眺めた富士山 1953」のサイン入りの額に入った絵を飾ってもらった。

 (一輪挿しに花)
 今日は、松本の実家から一輪挿しを持って来て、ほおずきを挿した。一輪挿しの裏を見ると、どうも今は亡き母(富士見町出身)が小学校のPTA副会長をしていた時の何かの記念にいただいてきたものらしい。
 生前の母はほおずきがとても好きだった。いつも玄関の地袋に篭を置いて飾っていた。このほおずきは富士見町の姪(めい)のF子さんからいただいたものを松本の家の庭に植えておいたもので、原産地は富士見町ということになる。そのほおずきを挿した。母の面影と重なる。

 富士見町の家から小鉢を持って来て、観葉植物を水に浮かせた。ふじ子の薦めである。越冬できるかが心配だが。

 花と緑は人の心をなごませる。

 もう4時を過ぎた。また明日から仕事だ。そろそろ家路を急ごう。

教育理念の議論を重ねる

2008年11月08日
武藤義男他『やればできる学校革命』に学ぶ(3)
   ―統合中学校の理念と構想(研究ノート6)―

 「三春町教育委員会の基本方針」:生きる喜びを育てる教育
 3つの教育目標を受けて、①教育長は「教育委員会の基本方針」の原案を作成し、②教育委員会に諮った。③ついで校長会で審議を重ねた。それまでの熱意のこもった議論を経たあとだったので、異議なく承認を得た。

 教育委員会の3つの基本方針
(1)生きる喜びを育てる教育の確立をはかります。
(2)教育の形式化、形骸化をしりぞけ、幼児教育、学校教育、社会教育、社会体育、文化活動の刷新と振興をはかつります。
(3)心豊かな、いきいきとした風土づくりを推し進め、老若男女の町民すべてが三春に住む喜びを享受できるよう、できるかぎりの施策を進めます。

 以上のことを、富士見町の当面する課題に応用したらどうなるか。
《ぼくのコメント》 
①について。
・富士見町の新統合中学校の教育理念・目標にいては、来る11月12日の第1回中学校統合推進委員会において与えられた20分間で、教育長原案を口頭で公表する。
・原案は教育委員会に諮る。
・次いで、校長会でさらに議論してもらう。
・両校合同職員会議、統合推進委員会教育課程部会等で議論を重ねてもらう。
・新しい中学校に寄せる生徒の夢や希望・要望を直接、間接に聞く。そのために、車座集会、教育長への手紙、アンケート調査などあらゆるかたちで生徒の意見を反映した学校づくりを進めたい。

②について。手順として、教育委員会で審議すべきである。

③について。校長会では、小学校長代表のみで、しかも校長会として議論を重ねていない。職員会議、統合推進委員会、同部会での論議もこれからである。

 論議の過程をどこまでも大事にしたい。以上が、本日、武藤教育長の著書から学んだことである。


●午前9時30分~住民懇談会最終回(第5回)、傾聴すべき意見には今後誠実に対応していきたい。

『やればできる学校革命』に学ぶ(2)

2008年11月07日
 武藤義男他『やればできる学校革命』に学ぶ(2)
   ―統合中学校の理念と構想(研究ノート5)―

 この本を読んで驚いた。読み進むほどに「ああ、これはいい考えだ!こんな細かな点にまで配慮が行き届いている!」と思われる様々なアイディアが次々と湯水のごとく湧き出してくる。まさにサブタイトルの 「夢をはぐくむ教育実践記」である。
 もし今は亡き武藤教育長とお会いして懇談したとすれば、お互いに「そうですねー!」と意気投合し、いつまでも話は尽きなかったに違いない。今となっては叶わぬことだが、尊敬すべき教育長、教育改革の先駆者である。

 以下、ぼくの抜書き(摘要)であるが、これを読んだあと、実際に本を手にとって読んでくださることを、町内の両中学校はもとより小学校の先生にも期待する。

1、「子どもの夢、教師の夢がともに育つ学校を」を合言葉に、私たちは三春町の教育改革を進めてきました。
 私(武藤教育長)は、①子どもの夢と教師の夢がともに育つ学校をつくりたいと思いました。②教師の心がひからびていては、子どもの夢も育つはずがありません。③三春に住む人々が、三春に住んでよかったと思えるような心やさしい町をつくりたいと思いました。それを失ったら、豊かな町とはいえません。
 《ぼくのコメント》
 我が富士見町も「夢のある明るい統合中学校」を理念として掲げているが、
① がそれに相当する。「夢」という言葉は本書の随所に出てくるキーワードの一つである。
② 改革の重要な担い手は最終的にはやはり現場の教師である。教師にその気になって燃えてもらわないとどうにもならない。
③ 我が町の中学校統合の直接の動機は児童・生徒減にある。過疎化・少子化に起因する小規模校の問題、学校間の格差解消問題は、すぐれて町づくりの問題でもあるとぼくは当初から考えてきた。再来年には複式学級が必死な状況の落合小の将来を考えるうえでも、欠かせない視点である。

2、三春町教育委員会は、①「生きる喜びを育む教育」を教育改革の中心課題に据えました。②教育立町です。
 ③教育委員会は町内の幼稚園・小・中学校の先生や、社会教育委員らとともに、それらのことについて議論を進めました。はじめは、改革という言葉自体に抵抗感をもつ人もいましたが、…時間をかけて語り合いました。実践をとおして学びあうことがとても大切でした。
 《コメント》
①「生きる喜びを育む」とは、換言すれば生徒も先生もお互いの尊厳・人権を認め合う明るい笑顔に包まれた学校であるとぼくは考えている。画一的な教育をしている学校は硬い雰囲気になる。
②富士見町は歴史的にみて、教育を大事にして先生を仰ぐ教育風土が強かった。資源に乏しく産業が盛んとはいえない富士見町が生き残る道は子どもの教育=教育立町であろう。その自覚がぼくたち町民にはまだ弱い。
③時間をかけて議論を進め、実践をとおして学びあう。大事なことである。教育委員会の方針がぶれてはいけない。教育委員のみなさんには負担をおかけすることになるが、勉強会を開いて、教育改革の根本理念・将来ビジョンを時間をかけて話し合いたい。

3、教育改革の三つの目標
 以上のような経過を経て改革の三つの目標を立てた。
1、①創造的教育観の確立と②教育内容・方法の改革
  人間教育。子どもと教師の人間としての主体性の確立。①②教師自らの「画一主義教育」意識の打破。
  人間としてのかけがえのない人格。子どもの権利。…教育の基本であり①日本国憲法・教育基本法の精神です。
  ②子どもの心、からだ、学力とは何かを明らかにする。教科書の知識や受験のための学力だけでは、人間として生きていく力にはなりません。
2、③新しい教育を支える施設・設備の改革。
  教師と子ども、それを取り巻く学習空間の学習効果に及ぼす相関関係を新しい角度から見直す。従来型の4間×5間の教室空間は、画一教育には向いているが、すでにその歴史的使命は終わった。教育委員会が責任をもって、学校建築のリーダーシップをとらなければなりません。
3、④地域住民の教育参加。
  授業・地域文化の伝承・学校開放と活用・学校建築構想づくり・施設設備充実等々あらゆる教育の機会への地域住民の積極的な参加がなければ、改革は成功しない。
 《コメント》
 ①ぼくは富士見町の教育改革の根本に「子どもの権利条約」の実現を据えている。教育政策の一番目に「子どもの人権・最善の利益を尊重します」とうたったのは、そのためである。
 教育の目的及び理念として日本国憲法と教育基本法を正面切って掲げていることは、当然のこととはいえ、そういう市町村教委はそれほど多くないのではないか。改めて教育基本法の前文(理念)、第1条(目的)を読み直してみたい。

(前文)
…個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。
(第1条 教育の目的)
 …教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。

 毎日、テレビや新聞で暗澹たるモラルハザードのニュースにさらされているので、教育基本法がなんとも新鮮に映る。
 ②は今日のはやりの言葉で言えば「生きる力」である。古典的な言い方では「知育・徳育・体育」、信州教育の伝統用語で言えば「全人教育」である。どれが欠けても望ましい教育とはならない。
 ③は、後に子どもがくつろげるホームベース、オープンスペース、ホームルーム教室、教科型教室などという形で実現していく。「魅力的な建築空間がいのち」であるという。ぼくは認識を新たにした。
 富士見高原中学校の設計担当者と連絡がついた。当時の記録が保存されていたら精読してみたい。どういう理念・コンセプトであのような校舎が設計されたのかは、ぼくにとっては新しい中学校を構想していくうえで大変重要なテーマとなってきた。

 ④三春町や新潟県聖篭中学校のように、思い切った学校開放、地域のみなさんと共に歩む学校経営を目指したい。
 「学校活性化委員会」(仮称)を開校と同時に立ち上げたい。性格は第三者評価機関のようなものになるのかどうか未定だが、地域と学校とをつなぐ機関としたい。(このことについては、学校側との話し合いがまだ煮詰まっていないので、検討中の事項。)
 もっと大胆に地域に根ざした学校・保育園のあり方があるかについて学校現場の先生や保育士のみなさんと探ってみたい。(以上33㌻まで。続く)


●晩秋の朝の散歩。広葉樹の葉がバサバサ落ちている。今日は立冬。暦の上ではもう冬だ。高原の冬は厳しい。
 昨日は、有線放送で「○○○でイノシシが出ました。見かけた方は富士見町交番までご連絡ください。」富士見町は動物との共生の町であが、農家の人たちの被害は深刻である。
● 役場でぼくの使用しているPCは無線ランであるが、教育長応接室に移ったら電波が弱くなりインターネットとの接続がうまくいかなくなった。今日、ケーブル回線に付け替え工事をしてもらった。1ヶ月間、仕事の能率が悪くなりいらいらする時もあったが、これで安心。
● 打合せ等の会議はいくつかあったが、終日、『やればできる学校革命』を読んで、武藤教育長の教育観を学んだ。
●今夜の住民懇談会は本郷小学校。明日の午前中が最終回(コミュニティ・プラザ)。

変革に期待

2008年11月06日
 “change”  “ yes, we can”
 今朝の新聞を読む。「米大統領にオバマ氏」、アメリカの歴史上画期的な出来事である。
時間がない。とりあえず見だしを記録しておきたい。
・初のアフリカ系、47歳
・激戦州 軒並み制す
・8年ぶり民主党政権
・米国民、現状拒否
・オバマ流合衆国包む
・党派は人種…統合うたう
・ネットで草の根、空前の若者動員
・経済重視、民意つかむ
・ブッシュ政権の「変革」強調
・米再生 糸口は
・経済、勤労者95%に減税、「弱者優先」アッピール
・外交、イラク撤退、実現多難.北朝鮮との対話継続
・オバマさん等身大 「選ぶらない」「伝道師」「意外と面白い」
・日本発「チェンジを」
・社説「米国刷新への熱い思い」―<厚い壁打ち破って><ブッシュ政権へのノー><一極支配からの脱却>(以上、2008.11.6「朝日新聞」)

 「朝日」には見られない見出しを「読売新聞」で見る。
・米国像の傷 どう修復
・克服した人種の壁。民族構成の変化影響。黒人運動化「想像できなかった」
・「変革」へ課題山積―金融危機、対テロ…対応急務
・「聞く姿勢」で親近感 シカゴの挫折(1980年代)教訓に
・「最高司令官」の試練
・共和 歴史的大敗
・「保守の時代」に終止符
・米議会民大幅躍進、最高裁「リベラル化」も
・「市場万能」修正か・、経済界 指導力に期待
・「拉致問題」「経済再生」オバマ氏圧勝 国内も期待と不安
・社説「オバマ氏圧勝」米国の威信回復できるか


 「変革」は日本の政治・経済・教育・医療・福祉などあらゆる分野で求められている。かつて日本の政権が掲げた「改革」との根本的が違いが鮮明になることを期待したい。
 私も、“夢のある明るい学校づくり”を目標に、富士見町の教育「改革」に挑戦中である! 終日、心中学校の教育理念・構想を練る。
●今晩は、落合小学校で住民懇談会

人生は分からないことだらけ

2008年11月05日
(2003.5.8 園長時代の記)
 ≪まさか自分が園長になるとは夢にも思いませんでした。人生は分からないことだらけですね。
 ・・・専攻は教育学。目下、毎日朝早く研究室に来て、ライフワークの研究テーマの完成に向けて懸命に努力しています。趣味の山登りと同様で、山あり谷あり、悪戦苦闘の連続です。
 私の研究の未完成に終わることを心から心配してくれている若い同僚から、「名園長になるな!」という忠告を受けています。≫

 これを書いた翌年10月、教育長に転身。人生は分からない。だから、人生は面白いのかもしれない。しかし、久しぶりに「名園長になるな!」の言葉を想起して、ハッとさせられた。 教育長の任務をまっとうしながら、研究者であることも忘れまい。


●11.12の統合推進委員会打合せ
●午後、教育長部会
●夜、住民懇談会
空き時間に、元三春町教育長の『やればできる学校革命』を読む。

統合中学校の理念と構想(4)

2008年11月04日
(研究ノート4)
 「モデルに学ぶ」ということの意義 
 新しいアイディア・理念は無(ゼロ)からは生まれません。知識・経験・見聞・多くの成功例などを参照にして、それらを組み合わせた“ひらめき”の中から、新しいな発想が生まれるのだと思います。私が、海外や国内において既に優れた実績を出して試されずみの学校改革の諸事例を探し求めて必死に調査研究しているのはそのためです。
 それらをモデルとして形を真似るのではありません。あくまでも参考事例の一つとしてそれらに理念も含めて学ぶのです。多様な教育理念・事例を参考にして、それらを融合して「富士見町らしい夢のある明るい中学校」を創りあげていきたい。私の学習法の基本姿勢は以上のようなものです。
 
 10月2、3、10日(研究ノート1~3)に続いて、私の研究成果の中間報告を提示します。
 今回は、「教科センター方式」を核にした新潟県聖籠町立聖篭中学校がモデルとした福島県三春町(みはるまち)の学校改革について学びます。参考にした本は、1980~1990年まで同町の教育長を務められた武藤義男さんの“夢をはぐくむ教育実践記”、武藤義男他『やればできる学校革命』(日本評論社、1998年)です。ちなみに同町は、2000年に全国に先駆けて教育長を全国公募した町でもあります。

 武藤義男他『やればできる学校革命』に学ぶ(1) 
はじめに
 手島勇平他『学校という“まち”が創る学び―教科センター方式を核にした聖篭中学校の挑戦―』の一節の紹介から始めよう。
 2つの村が合併して2つの中学校が統合して聖篭中学校ができたのだが、次のくだりが興味深い。
≪二人の校長の研修からスタートさせた。指導者は手島教育長と、私たちよりも一年前に聖篭町に着任していた高口指導主事であった。
 二人からの指導を基に、推薦された先進校や校長の話を聞きに県外に出向くことも多かった。中でも教育長に案内されてお会いできた福島県三春町の元教育長であった武藤義男先生のお話しには強い衝撃を受けた。生徒のためにそこまで考え、実行に移すのかと大きな感動をおぼえた。 
これを二人の校長の起爆剤として、新しい中学校への思い、言い換えれば今職員が抱える悩みや課題を解消する根本の部分を文章にしようと努力し、2000年(平成12)年2月に「統合中学校カリキュラムに基本」という提言をまとめた。
 その冊子を基に二つの中学校の職員会や研修会に二人の校長が出席して、思いを述べ、職員の質問を受け、職員に行動を共にするよう呼びかけた.≫(54㌻)

 ここまで書いて、残念ながら会議の時間になる。会議終了後、同席していた校長二人を誘って、富士見高原中学校校長室を訪ねて、私の思い(教育理念、新中学校に寄せる夢)をあらかじめ電話を入れておいた宮坂教頭(教育課程部会長)も交えて約1時間熱く語った。今度は両校の校長、教頭、教務主任クラスで語り合いたい。そして、職員会議で何度も議論してもらいたい。
 そのための参考資料としてこのブログを書いている。(今日は時間がないので、ここまで。続く)


●今日から青少年健全育成強調月間。朝8時から40分間、富士見駅で富士見高校生徒らとチラシ等を配って啓発活動。
●庁議
●NZ派遣中学生選考委員会
●夜7時~住民懇談会(今夜から日曜日まで連続5回)、一般行政、教育行政について。

プロに学ぶ脳活用法

2008年11月03日
 プロに学ぶ脳活用法
 NHKのTV番組「プロフェッショナルの『脳』に学ぶ」100回記念、「プロに学べ、脳活用法」は参考になった。脳には個人差が大きいが、脳科学者の茂木健一郎さんが分析した結果、共通点が幾つか見つかった。

 アイディアが浮かぶ時、ひらめきの極意
1、迷ったら「寝る」発想法
眠っている間に経験や知識が整理されて、目覚める時にアイディアがひらめく。ぼくも毎日、創造的なことは午前中に考えることにしている。
実務的な会議、ルーティンワークは午後にまわした方がいい。

2、考え事は「場所」を選べ。
 アイディアが生まれやすい場所は、外からの情報が遮断されているところがいい。情報過多で、思考が邪魔される。ぼくも、トイレ、お風呂、電車の中、散歩の時、個室など。

プレッシャー克服法
1、苦しい時にも、あえて笑う。
作り笑いだけで脳の発想をポジティブにするという実験結果が出ている。ぼくの願う「笑いの生まれる学校」は脳科学で裏づけられた。

2、 脳を「集中モード」にスイッチを切りかえる。 そのためには、
(1)本番前に「決まり事」をきっちりこなしていく。
(2)体を動かす。運動系回路を通じて脳を刺激する。
 プレッシャーを感じる時は、集中していない時。

 やる気を出す・モティベーションをUPするには

1、目標をはっきりさせる。
目標を達成し、報酬(達成感、お金など)が得られることがわかっている時、やる気が掻き立てられる。目標がはっきりしていないと、やる気が起こらない。

 2、「あこがれの人」を持つ。よき師匠のよき言動を見ていると、自分もそうなりたいといつ脳内の「ミラーニューロン」が働く。

3、 小さな「成功体験」を大切にする。成功
 苦しみを乗り越えれば、快感が待っているということが脳に刻まれると、自然とやる気が湧いてくる。「学ぶことは快楽である!」。(授業改善の極意)体験・達成感が得られると、脳内に「ドーパミン」という物質が出て、脳は喜びの「快感」(報酬)を得る。
 

 Q&A
Q.「近くにあこがれの人がいない時は?」
A.「近くにいる人のいい所を探して自分のものとする」。

どれも思い当たることがある。何にやる気を出すかに各人の個性が出る。

フィンランドの教育に学ぶ

2008年11月02日
 富士見町の中学校改革の参考のために

 2000年から3年ごとに実施されているPISA(国際学習到達度調査)で世界一の結果を出しているフィンランドの教育については、これまで教育学者の書いた5,6冊の本を読んでいる。しかし、ジャーナリストの増田ユリヤ『教育立国フィンランド流教師の育て方』(岩波書店、2008.7)は、いちばんわかりやすく、かつ具体的で参考になった。
 実はこの本は9月に矢嶋町長がぼくのデスクに持ってきたものである。一読して驚いた。今、富士見町の統合中学校の教育理念、改革のイメージを探究しているぼくがいちばん求めていた具体例がここには満載されている!!
 教育理念の書であり、実践の指針でもあるこの本を借用書で済ますことはできない。第一、書き込みもできない。自分で購入することにした。
 多忙を極める行事・会議の合間を縫って本腰を入れて集中的に読んだ。そして、早速10月29日夜の教育懇談会(組合主催)でその学習成果の一端をあつく・あつく語りかけた。
 私の探っている教育理念と具体策を共に分かち合いたい。できれば両中学校のすべての教職員に聞いてほしかった。小学校の先生にも。
 われわれの教育改革には理念、哲学がなくてはならない。理念なき改革は後世からみて改革の名に値しないかもしれない。以下、本の摘要と私の感想のメモであるが、富士見町でも学ぶべき点、実現可能な事も多い。

 フィンランドという国
 世界最大の携帯電話会社ノキア本社、マイクロソフトのウインドゥズと拮抗するOSソフトを生んだIT産業先進国。帝政ロシア・スェーデンの植民地。1917年独立後も学問・芸術・文化の領域では長らくスェーデン語が支配的であったので、母国語のフィンランド語での読書き計算=リテラシー(共通教養)に対する高い関心がある。
 シベリウスの「フィンランディア」(1899)に象徴されるように、植民地時代が長く続いたため、祖国愛が大切なアイデンティティーになっている。その祖国を支えていくのは子どもたちや若者である。資源に乏しく、EUの一員になって国際競争に立ち向かうには、教育立国、人材育成が肝要。教育は祖国を支えるという自覚が強い。

 PISA(国際学力比較調査)で世界一の学力を維持
 従来の学力調査のような「より早く、より正確に、より多くの問題を解く」という“知識の量を測る学力調査”ではない。
 PISAの調査目的は、15歳児が持っている知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかを評価するものである。
 思考のプロセス、概念の理解、様々な状況でそれらを応用して生かす力を重視。・・・このような学力形成を保障する学校・授業を創造する。
 特に日本の15歳は学習意欲がOECDのPISA調査参加57ヶ国中最低レベルだった。夢や目標に向かって努力するみなぎる意欲の回復(1980年頃までは日本の子どもは一番勉強していた)こそ最大の課題である。

(1)フィンランドの教育制度
 キーワードは①「すべての子どもに平等な教育を」、②「現場への信頼」、③「質の高い教員の養成」。

就学前教育(プリスクール)
 保育所内、小学校内に設置。無償、ほとんどの子どもは小学校入学前に受ける。●自分の子どもが小学校に入学するには発達が不十分、未成熟と判断した場合には、保護者は小学校やプリスクールの先生と話し合ったうえで、入学を1年遅らせることができる。
 「10年生」
 中学校卒業に際して、希望する普通科高校や職業高校に進学する成績に満たないと考えた場合には、もう1年勉強することができる「10年生」という特別プログラムが準備されている。毎年希望する生徒は3%程度。(徹底した習得主義)

 ●プリスクール、10年生―いずれの場合にも、「1年遅れたから恥ずかしい」というような意識は本人にも周囲にもなく、その子どもの発達や成長に見合った進み方をすることを当然のこととして受け入れられている。
年間の授業日数は190日(南中は210日)。参か国中、7―14歳の最低総標準授業時間数は5500時間程度で日本より500時間程度少ない。

●夏休みはたっぷり2ヶ月間あり、その間は先生も夏休み。さらに、秋休み、年末年始のクリスマス休暇、スキー休み、4月のキリスト教の復活祭の時期のイースター休暇など1~2週間の休暇も多い。

●学費無償

「物理的な環境条件に学校間格差があったとしても、教育内容やそのレベルにおいては学校間格差が少ない」資源の乏しい国においては、人材育成に投資して国際競争に立ち向かうしかない。そのためには、

一人の落ちこぼれも出すわけにはいかない。すべての子どもに「平等の教育」を受ける権利を保障する。「質の平等」。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
②「現場を信頼する」、現場に徹底的に任せる。…授業時数、教育内容は学校、教師に任せる。教科書の採択権も一人一人の教師にある。
 校長は現場の教師の勤務評定をせず、教師を信頼して、すべてを任せている。

●社会全体が学校に対しておおらか。「あら、そうだったの」

●「学歴社会」ではないので進学塾や予備校はない。
 どこの大学出身か、フィンランド人はそんなことは気にかけない。フィンランドには大学にランキングがない。「うそだ!そんなはずがない」と。価値観が違うので結局最後まで納得してもらえなかった。

●高校入試はペーパー試験はなく、内申点と9年生前期の平均点(習得主義)が提出書類となる。
 
●高校―学年制ではなく大学のような単位制。勉強の内容は、大学並みに専門的で難しい。1週間に何冊かの本を読み、数本のリポートを書かねばならない。
 そうした厳しさを知っているので、中学2年生になると進路の悩みが増える。

●職業の中でも、医師と教師は尊敬の対象である。・・・先生を尊敬


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
③フィンランドの教師たち 教師の力量がすべて・・・“教育は人なり”
PISA好成績の理由は?(43㌻)、校長曰く「教師、教師、教師! 教師の質の高さです」。30年前から、修士号資格取得が必要条件、大学卒に5~6年かかる。
教育実習は延べ半年間。

●全国公募。採用委員会(校長を中心に、学校の先生と地域の保護者)が、自分の学校の教員採用権をもっている。

●自ら希望しなければ原則として転勤はない。(長野県は3~5年が平均。腰を据えて地域に根ざした教育が困難。)

●問題のある教師も存在する。校内の話し合い、研修などで改善を促すが、改善が見られない場合は、教育委員会の責任で解雇する。(学校の負担軽減)45㌻。

教員採用基準―好奇心旺盛。何かのプロとして能力が長けている=人間的にも魅力的な人=子どもの信頼も厚い。人間関係が円滑、自然な振る舞いのできる人。
授業が終わるとさっさと帰るようにしている。カフェ経営、(46㌻)


●研修への積極的な参加。平均年間8日間程度。
他国との交流 狭い世界に閉じこもらない。カルチャーの違い、情報交換。交流は学校裁量に任されている。 多忙で、そんなに参加できるのか? 「まずやってみる。ダメだったら修正する」「トライ&エラー」(試行錯誤)。・・・「ちょっと無理かも」の姿勢を変えよう!

●義務教育「生徒サービス」
●高校生の悩み事相談体制に問題・・・銃乱射事件

比較の競争は不健康である(134-136㌻)

●フィンランドブームと日本の教育の行方、富士見町の行方が、理念としては見えてきた。一人でも多くの関係者と認識を共有したい。富士見町で理念にまでさかのぼって中学校の教育改革を考える機会はそうあるものではない。心して新統合中学校について考えあいたいものである。(続く) <11.3一部修正>


●午前9時~富士見町文化祭ー芸能音楽祭(公民館最大のイベント)、町長も参加したベートーヴェンの「歓びの歌」まで鑑賞して、町長・副町長と信濃境駅開駅80周年記念式典に移動。
●駅前で集落ごとのお神楽、獅子舞のあと記念式典。時代の流れと共に駅前も様変わり。12時過ぎから場所を清泉荘に移して、祝賀会。大いに飲んで語り合い愉快であった。二次会にまでお誘いを受けてさらに飲んで語り合った。帰りは、信濃境駅午後4時18分発の電車で富士見駅下車。徒歩で帰宅。
●区の公民館に区議会議員選挙に往復歩く。
●夜、床の中で、録画しておいた黒沢明監督の映画「赤ひげ」を観る。

歩く教育長―二期目の抱負

2008年11月01日
 教育長二期目の抱負

    「歩く教育長」
 9月議会の同意を得て10月1日、町長から教育委員に任命され、引き続き同日の教育委員会臨時会において互選により教育長に再任されました。任期は平成24年9月30日までの4年間です。

 4年前の就任時に、《目標は「歩く教育長」。学校や地域の声を第一に考える現場主義を大事にしたい。住民の意見を直接反映する「地区別教育懇談会」も開きたい。》と記者会見で話しました。しかし、不十分でした。二期目はもっと現場に足を運びます。
  町内を歩く 地区を歩く 集落を歩く 山を歩く 役場の往復を歩く。
  保育園 小学校 中学校 つどいの広場<AiAi>を歩く。
  町図書館 高原のミュージアム 町民センター 井戸尻考古館を歩く。
  社会福祉協議会 道の駅などをぶらりと歩く。

 強権的な教育長にならないよう慎み、町民、保護者、地域の皆さんの声に耳を澄まします。
 10月から役場2階子ども課の向いに教育長応接室が新設されました。新たな提案に耳を澄まします。
 そのうえで政策実現に向けて、今まで以上に積極的に提案をさせていただきます。
どうぞよろしくお願いします。

         平成20年10月1日
                      富士見町教育長   小林 洋文

  (『広報ふじみ』11月1日号、「教育委員会だより」第35号掲載)
(語彙の訂正) 広報では「強権的な教育長にならないよう謹み、…」とありますが、「強権的な教育長にならないよう慎み、…」に訂正します。


●午前中、新しい統合中学校の理念及び及びその核心部分をなす「教科教室型」の学校運営方式(「教科センター方式」とも言う)について関連書を読んで真剣に研究する。
 「それはちょっと無理かも」という考え方が学校現場にあるやに聞く。一気に山場にさしかかった感がする。現場の意見にとことん耳を傾けたい。議論だけに終始しないで、学校改革の先進校の視察も積極的に実施したい。
 富士見町にはこんなチャンスは今後二度とないだろうと考えて、悔いのない議論を自由闊達に交わしたい。余計なことは考えずに「子どもの最善の利益のために」の一点で。


●夕刻は、ぼくの最大の友ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全16曲演奏会。今日は第3回、中期(35歳)の傑作第7~9番(ラズモフスキー)。演奏は古典四重奏団。(松本市・ザ・ハーモニーホール)
プロフィール
~「教育長日記」創刊の辞~
(2008/8/16)

小林 洋文

管理者:小林 洋文

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