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教育長日記子どものための富士見町史読書・研究ノート長野県教育史研究

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「えんちょうマンが来た!」

2008年10月31日
 園長時代の思い出
 以下、2004年5月、幼稚園とPTAの共同編集『手をつなごう<家庭と幼稚園との往復通信>』に「最近うれしかったこと」について書いてほしいとの依頼で寄稿したものです。
 園長時代の思い出の文章ですが、子どもも先生も笑顔のあふれる明るい職場であってほしいという願いは、もちろん今も変わりがありません。参考になればと思い、ここに再録します。

   
   最近うれしかったこと
 「あっ、えんちょうマンが来た!」
 園長は大変だと思うこともありますが、うれしいことも多いです。何より、いつもニコニコしながら「あっ、えんちょうマンが来た!」と言って歓声をあげて私を迎えてくれる子どもたちがいます。元気をもらいます。園長冥利に尽きます。うれしいです。

 あたたかい教職員の同僚関係
 あたたかい教職員集団と一緒に、子どもの保育のことで苦楽を共にできることは、園長としてありがたいことです。あたたかい教職員の同僚関係は、この幼稚園のかけがえのない「宝」だといつも誇りに思っています。うれしいです。

 率直で謙虚な職員会議
 学期の終りの職員会議では、各クラス担任から総括と反省の文書が出され、率直な話し合いが行なわれます。こんなに謙虚に自己を省察し、何のけれんもなく意見を交わす情景に、私は心を打たれます。教授会では一度も経験したことがないことです。

 時々街に繰り出して
 時々街に繰り出してみんなでにぎやかに飲むのも、楽しみの一つです。「強い」と最近言われますが、自分ではそう思ったことは一度もありません。きっとその場の雰囲気が楽しいからに違いありません。―ちなみに学生時代の一時期、私は「コンパ男」と言われていました。

 保護者とざっくばらんに
 保護者のみなさんが、ざっくばらんに語りかけてくださることも、とてもうれしいことです。PTAでは今年も大変お世話になります。
 一年間、どうぞよろしくお願いいたします。


 今振り返ってみても、いい職場だったと改めて思います。保護者のみなさんと深い信頼関係を結ぶことができたことも、教育長として教育行政をすすめていくうえで心の大きな支えになっています。
 保育園や学校と保護者のみなさんとが、お互いに信頼し支え合うことが、子どもの幸せにつながるのだと心底思います。お互いに手をつなぎましょう!


 週末の疲れか、いつもは5時起床が、6時15分に声をかけられて目覚めた。悪夢にうなされている最中にである。
 あっという間にこの一週間も終わった。これまでの自分の体力を考えると、よくぞ頑張っている。有森裕子さんにならって、ぼくも「自分で自分をほめてあげたい。」。ちょっときざかな。
 今日は妹の命日であった。日誌を見て気付いた。人間は大事なことを忘却の彼方に押しやる。情けないことだが…。


●午前9:20-10:40 校長会に出席。中座
●住民懇談会の打合せ
●富士見小校長来室、本郷小校長より電話。
●新潟県聖篭中学校の「教科センター方式」について学習。フィンランドの教育について書を読む。

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マスコミ報道に困惑

2008年10月30日
 統合について中学生に説明
 28日(火)、29日(水)の両日、朝15分間、南中、富士見高原中の全校生徒に中学校統合について説明した。昨日、今日、地元2紙に三段記事が掲載されたが、大人(教育長)が生徒を見下しているかのごとき印象と、統合決定過程で生徒の意見をまったく無視してきたかのごとき誤解を与える内容で、大変困惑している。

 既に、一部の方々に対してそのように受け取られ、ぼくの留守中にご批判をいただいたり、手紙もいただいている(現在進行形)。
 情報提供メディアとして、日頃、地元紙には大変お世話になっており感謝していることの方が多い。しかし、今回は説明会場の雰囲気をバランスよく伝えていない。

 これらの記事を読むと、ぼくはたいへん傲慢な教育長である。しかし、中学校統合問題についてぼく(ぼくら)が、この間、どれほど各方面に気配りをしながら、保護者や関係者の意見に謙虚に耳を傾ける話し合いをしてきたことか。

 説明会の雰囲気をもっともよく伝えているのはLCVニュースである(28日)。生徒の質問とぼくの回答についても適切に伝えている。当日見られなかった方は、今でもまだインターネット上で見ることが可能である。ぜひご覧いただきたい。

大事な局面だけに、マスコミの功罪をつくづく考えさせられた。


●富士見町教育委員会と落合小の要請で、伊那教育事務所浪方主幹指導主事が落合小訪問。午前中は、教育委員のみなさんと一緒に授業参観。小規模校、少人数指導のよさが十分伝わってきた。
 午後3時過ぎから約1時間、教職員全員と懇談会。要望、感謝など現場の声をお聞きした。
●『後世への伝言版』(富士見町立沢文化財保護委員会編集・発行)を編纂委員の小池惣衛さんらから頂戴する。立沢(たつざわ)集落のみなさんが様々な思い出を綴り、後世に伝えたいとの思いが通覧しただけで伝わってくる。じっくり読ませていただきます。ありがとうございました。

縄文時代の集落遺跡

2008年10月29日
 今朝も朝日の定点観測に出かけたが、残念ながら雲に隠れてご来光を仰ぐことはできなかった。しかし、雲の色が朝日に映えてオレンジ系の赤に染まっている。晩秋の朝。それにしても、富士見高原は自然は豊かで素晴らしい。

 きのうの朝、南中学校で統合について生徒に説明した様子をLCVニュースで見た。真剣に聞き入る生徒の表情が印象的だ。
 質問を求めたところ4,5名の生徒が立ったことはうれしい。「統合前に交流して仲良くなりたい。」「統合を決めるときにどうしてぼくたちの意見を聞いてくれなかったのですか」など率直な質問が出され、できるだけていねいに答えたつもりである。
 今朝は富士見高原中で説明の予定。



 座談会「八ヶ岳山麓の集落遺跡」(10.26の続き)
 この研究は、世界遺産になる可能性も皆無いとはいえないので(まじめな話!)、今後もこだわっていく。座談会当日の26日は簡単なメモを書きとめておいたが、翌日の新聞記事を読んでいくつかの論点を補足する。(10.27「長野日報」)

 パネリストは、茅野市尖石考古館の鵜飼幸雄館長、原村教育委員会の平出一治文化財係長、北杜市教育委員会の広瀬公明さんと佐野隆さん、司会を富士見町教育委員会井戸尻考古館の小林公明館長が務めた。
1、約6千年前の縄文前期から三千年前の後期までの八ヶ岳山麓の集落遺跡について、初めて県境を超えて話し合った。
2、茅野市の鵜飼館長は「北山浦は渦を巻くように文化が融合。軽石などこの地域に限られる遺物が出る独自性をもつ。」
3、原村の平出さんは「村内の土器は伊那谷、松本方面の影響が見られ、富士見とは異なる。分水嶺で文化・土地柄が分かれているのではないか。」
4、北杜市の佐野さん、広瀬さんは「八ヶ岳南麓は3つの拠点集落があるが、標高900mの大泉町一帯に集中する。」と語った。
5、富士見町の小林館長は、「富士見町は沢を挟んで尾根筋に集落が対峙している。この特徴は、隣接する山梨県北杜市小淵沢町と共通している。」。「北山浦は全体に遺跡が分布するが、原村は村内の遺跡の9割が阿久遺跡・前尾根に集中する。大泉町も密集性があり、しかも西麓と異なり、前期から後期まで集落が続いている」と総括した。

 とんでもない可能性を秘めた八ヶ岳山麓である。富士見町藤内遺跡から発掘された土器の図像に見られる深い精神性は、ぼくたちの縄文時代、縄文人のイメージを覆すに十分である。


●来客、東京書籍。教科書記述の訂正、学力検査、教材作成ソフト。
●30人31脚全国大会出場の富士見小6年2部、町長挨拶。激励金。同席。
●夜7-9時、富士見高原中学校で、富士見高原中学校区・南中学校区 教育懇談会に招かれて「夢のある明るい新中学校のために」と題して講演。分散会。講演に先立って、校舎内開放。(長野県教職員組合諏訪支部富士見単組主催)

●7月刊、増田ユリヤ『教育立国フィンランド流教師の育て方』(岩波書店)を読む。
●国立教育政策研究所編『生きるための知識と技能3~OECD生徒の国際到達度調査(PISA)2006年調査国際結果報告書~』(ぎょうせい、2007年12月)、3990円と少し高価だが必読書と考えて注文。本題はかさむばかりである! 御免!ふじ子

朝日が昇る瞬間

2008年10月28日
 日の出の絶景
 朝5時起床。高原の秋は深まり、気温もぐんぐん下がる。室内温度13℃。体操を15分。
 5時40分、散歩に出る。外はまだ暗い。今日はごみの日、ポリ袋を抱いてごみステーションへ。
 5:45明るくなり始める。
 5:50南の空を見ると右に富士見山、正面に『日本百名山』の著者深田久弥終焉の山・茅ヶ岳(かやがたけ)、その左に金峰山(きんぷさん)、東に八ヶ岳連峰と並ぶ巨大な黒のシルエット。まるで影絵のようで、言葉では描写しがたい。
 朝ぼらけ!のオレンジのシルエットが、それぞれの山々、峰峰をくっきりと稜線の上に浮き彫りにする。まことに見事な早朝の絶景。
 5:55稜線の向こう側がだいぶ明るくなってきた。6:00空はすっかり明るくなったが、朝日はまだ昇らない。
 標高958mの丸山公園に登って、歩きながらじっと朝日の昇る瞬間を待つ。
 6:14、ついに茅ヶ岳の左側の稜線にピカッ!と朝日のまばゆい光線が光る。日の出の瞬間だ。

 朝の40分間、まことに感動的な朝の散歩の時間であった。
 

 今日の仕事始めは、南中の生徒に、中学校統合について朝の8:15から15分間、説明をすることから。その後は、きのうに続いて理事者ヒアリング。


(今朝の新聞)
●株 バブル後最安値、終値7162円。1982年以来の水準。円高株安。株価の下落が止まらない。「激震経済・上」。
●衆院選先送りへ 首相、世界不況に危機感。(いずれも読売新聞)

今日はパス

2008年10月27日
 朝から夕方まで、理事者による各課の課長ヒアリング。そのあと、保護者と就学相談。帰宅は7時。夕飯を食べてこれからお風呂。
 明日の朝は、南中学校の全生徒に中学校統合についての説明会。
 
 という訳で、今日は日記を書く時間がない。失礼。

八ヶ岳山麓の集落遺跡

2008年10月26日
井戸尻発掘50周年記念座談会  

八ヶ岳山麓の集落遺跡
 ― 霧ケ峰南麓から茅ヶ岳山麓まで、前期から後期まで
    三千年の時空を鳥瞰する―


 縄文時代の八ヶ岳山麓の集落遺跡を世界遺産に!
 午前10時から午後4時30分まで老人福祉センター・清泉荘において、途中45分間の昼食時間、午後5分間の休憩時間だけで、井戸尻考古館主催のパネルディスカッションは続いた。ぼくは開会の挨拶のあとは、一聴講生として座布団に座り、昼食をその場でとり立ったのは休憩時間のトイレだけ。疲れが残っていて大丈夫かなと不安だったが、最後まで集中して聴くことができた。

 パネリストは茅野市・原村・富士見町・北杜市教育委員会の4名。報告書が出るというので、内容をメモ風に紹介する。

 1. 井戸尻考古館の調査によって今回初めて、八ヶ岳西麓(茅野市・原村・富士見町)から南麓(北杜市、特に旧大泉町)までの縄文時代の集落遺跡分布図が、ドットではなく集落の形状・広さまで示して、作成され、公開された。(なぜ広域研究ができなかったか。行政区の違い、県の違いによるらしい。)。パネリストの皆さんも初めて見るもので、画期的な成果である。これによって、いろいろなことが見えてくる。
 2. この広域分布図を見ると、縄文中期には、旧大泉町の天神、寺所~富士見町の井戸尻、原村の阿久、前尾根~茅野市の北山浦が「標高900mライン」でつながり、人の往来と物(黒曜石、ヒスイなど)の流れがあったのではないか。隣の拠点地域に歩いて一日の距離。お互いに知り合っていたのではないか。
 3. 4つの「拠点地域」は土地柄、人柄、気質が違う。地形・地勢・自然環境(気温)によるところが大きい。背景に、大泉は権現岳の三つ頭、井戸尻は編笠山中心のなだらかな八ヶ岳連峰、阿久・前尾根は蓼科山から八ヶ岳連峰全体、茅野は・・・。

 参加者の専門家(たしか長野県考古学会長)から、世界遺産に登録申請したらどうか、それだけの価値があるとの意見に会場から拍手がおこった。ぼくもそれほどの価値ある地域だと思う。

なぜ「教育県」だったのか

2008年10月25日
 日本の教育の黎明期
 今からおよそ130年前、日本の教育の黎明期(れいめいき)にあった明治10(1877)年の今日、文部少輔(今の文部科学省幹部職)神田公平が開智学校(現在の松本市立開智学校、場所は移転。)を巡視している。男子は徒手体操、女子は唱歌に合わせて遊戯を行ったと記録にある。開智学校は当時、日本の先進的な学校として注目されていた。
 文部省のお役人が学事振興のために現場の学校を視察して歩いていることは印象的である。現場を知らず、現場とかけ離れた政策を次々打ち出す教育行政では、現場は混乱する。


 信濃教育会が機関誌『信濃教育会雑誌』を創刊
 明治19年の今日、黎明期の信濃教育会が機関誌『信濃教育会雑誌』を創刊した。この雑誌を通覧することによって、明治・大正・昭和初期の長野県の教育がなぜ“信州教育”、あるいは「長野県は教育県」とたたえられたか。その背景の一端がある程度わかるかもしれない。それを解明する研究は、現在の長野県教育を考えるうえで参考になるであろう。教育長になってよけいそう思う。
 そのための研究をぼくはこれまで(時間はあったはずなのに)十分してこなかったことを悔やんでいる。年齢から考えても、教育長を続けながらでも研究をなんとかすすめないと間に合わないと思うのだが、今度は時間があまりない。しかし、ぜひ果たしたい。


●人間ドック、簡易脳ドック
●疲労困憊(こんぱい)、ビデオを観ながら休養。「“罪”に向き合う時」(シリーズBC級戦犯)、
プロフェッショナル100回記念「プロの『脳』に学べ―100人の脳活用法」

 

日本人初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹

2008年10月24日
 物理学者・湯川秀樹(1907-1981)が日本人として初のノーベル賞(物理学賞)を受賞したのは、1949(昭和24)年、僕はまだ5歳だった。敗戦後の復興期に国民にとって大変うれしいニュースだったと聞く。
 中学生時代に受賞の対象となった「中間子理論」の発見の過程などを回想した若き日の自叙伝「旅人~ある物理学者の回想」が朝日新聞に連載され、毎日楽しみにして読んだ。いつも枕元に紙と鉛筆を置いて、ひらめきがあったらすぐにメモをしたと言うくだりは今でも覚えている。中間子理論も夜中にひらめいたそうである。今でも角川ソフィア文庫で読むことができるが、ぼくは初版の文庫本(昭和35年)を求めた後、松本―仙台―東京―長野市といつも大切に持ち歩いて、時々読んでいたが、今富士見町には持ってきていない。
 若い人、学校の先生にはぜひ読んでもらいたい。そして、子どもたちにわかる言葉で伝えてほしい。

 忘れられない思い出がある。僕はスミ夫人とお会いしたことがあるのである!――と言っても直接ではない。大学生時代、ボート部員(経済学部)の友人(僕もかつてナックルフォーのボートを漕いでいた)と夏休みに九州一周の旅をした帰路、観光船で瀬戸内海を大阪に向かっていた。
 その日は天気がよく、海面には太陽の光がまぶしく映えていた。デッキの椅子に座っていた時、いかにも楽しそうに団欒している数名の女性(ご婦人)がいた。品のある女性だと思った記憶がある。
 それとなく話を聞いていると、どうも京大の教授夫人たちのようで、その中の一人が湯川秀樹婦人のスミさんであることがわかったのである。繰り返すが本当に明るく品位を感じたものである。

 
 ところで、湯川の大阪帝国大学時代の同僚である坂田昌一(物理学者、1911-1970)は、その後名古屋帝国大学教授となり、その時の弟子が、今年ノーベル物理学賞を受賞した小林誠さんと益川敏英さんである。学問研究は基本的には孤独であるが、すぐれた同僚や師弟に恵まれる協力・共同も大きい。僕たちの仕事も同じである。(続く)


●本郷小校長面接
●来客
●来客
(午後)
●富士見高原中学校で、社会教育委員のみなさんと一緒に学校給食を試食。生徒と一緒に楽しい会話をしながら。
●原村教育委員界との意見交換会、交流親睦会。
●胃腸の調子すぐれず。

縄文土器作り体験

2008年10月23日
 縄文土器作り体験
 この間の日曜日(19日)の縄文王国収穫祭の一角で、縄文土器の野焼きをしておられた浅香輝夫さんに、ぼくはシャワーのように質問を浴びせかけた。
 浅香さん曰く「教育長さん、実際に作ってみなければ、縄文人がどんな気持ちで作ったかはわかりませんよ」。う~ん 、まさにそのとおり。
 「じゃあ、作ってみたいです。ご指導いただけますか。」
 「いいですよ。11月に他の土器を焼きますから、来週中なら間に合いますから。一日かかりますが、 半日でもいいですよ。」

 空いているのは、今日の午前中だけ。朝8時30分井戸尻考古館到着。

 先ず収納庫に案内されて、「どの土器をモデルにしますか?」
 「いちばんシンプルで作り易いのをお願いします。」
「では、これにしましょう」。という訳で、町内で発掘された縄文中期のものを選んだ。

 井戸尻考古館併設の歴史民俗資料館2階の一室にシートを敷いて、個人指導をしていただいた。
 9時過ぎ作業開始。まず素地土(きじど)を練るところから始めるのだが、時間短縮のために、浅香さんがあらかじめ用意してくださった素地土を使わせていただく。
 浅香さんは横幅、高さ、厚みなどを測定してメモ。髪を敷き、どんぶりをひっくり返すように、土器の底を上に置き、鉛筆で周囲の形を丸で描く。型紙のようなものである。
 粘土を手のひらで棒状にして一周分を巻く。その上に、同じように巻いて積み上げていく。手のひらと手先を使い、自分の体を動かしながら(当時ろくろは無かったとのこと)、面を優しくなでていく。ぼくはどうしても力が入りすぎてしまう。「もっと力を抜いて、優しく。」「お孫さんはいますか。孫を抱くように優しく。」
 浅香さんは、へらや紐などの道具を使いながらどんどん形状を整えていく。

 さて次は、紙(当時は木の枝やつる)をよって縄をなう。これが又難しい。出来上がった縄を指を使って土器の表面をやや強く転がしていくと、縄文の図像が掘り込まれていく。これぞ教科書でも習った縄文式紋様!!
 7割がたは浅香さんに頼りながら、遂に出来上がり! 時間は午前11時半。

 初めての体験に感動! 4500年前の縄文中期の人々がどんな気持ちで素晴らしい土器、土偶群像を作ったか。たった一度の体験でわかるはずもないが、ともかく完成品となった姿を目の当たりにしてうれしかった。

 「浅香さん、どうもありがとうございました。」

 「作ってみなければわかりませんよ」の言葉から踏み出した大きな第一歩。来年8月、9月に開かれる土器作り教室にはぜひ参加してみようと思う。

 考古館の皆さんにもお礼を述べて、大急ぎで役場に戻る。


●教育委員長と10月市町村教育委員会連絡会、県教委と個々面接のため諏訪教育会館(諏訪市)へ。
●第2回心身障害児就学指導相談委員会(出張のため欠席)

 地域とともに生きる

2008年10月22日
 地域とともに生きる

 先日の日曜日は、僕の住んでいる地域の区長予備選挙。その後、秋のクリーンデーで道路補修、具体的には側溝のどぶさらい、通学路の階段整備、草刈など。あとは児童公園で昼食代わりの慰労と交流の会。以上、いずれも僕は公務のため、ふじ子に出てもらう。
 昨日は区長本選挙。悩ましいのは面識のない候補者名簿。来月2日(日)は、午後5~7区会議員選挙。地域の忘年会も間近だ。今年は八ヶ岳山麓の新装された八方苑・鹿の湯とのこと。いざというときには、隣近所の皆さんと力を合わせなければどうにもならない。
 僕たち学校の教員は「風の人」、3~5年もすれば去ることが多い。地域に根ざした教育のために日頃、地域にどう溶け込むか。「任地居住を原則とする」意味をとくと考えたい。

純心無垢な子どもと笑顔の先生

2008年10月21日
(10.17の続き)
 園長5年目の春、自己紹介(2004年5月)

 純心無垢(じゅんしんむく)な子どもたち
 ≪5月18日、満60歳になりました。例年のように、幼稚園のカーテンを締め切った少し薄暗い職員室に呼ばれて、美女、美男の「♪ハッピバースデーTOえ・ん・ち・ょ先生」の歌声に囲まれながら、「祝・還暦」と書かれたバースデーケーキの10本のローソクの灯を吹き消しました。いつものように大いに照れながら。―とてもうれしかったです。
 趣味は山登りですが、このごろは、幼稚園の庭から子どもたちと先生の楽しそうなやりとりを見るのも、至福(しふく)のひとときとなりました。純心無垢な子どもたちと笑顔の先生の姿を眺めていると、二度と来ない(ルソー『エミール』上巻)遠い昔の自分の幼い頃の原風景を思い出しながら、郷愁に駆られて、思わず目が潤んでしまいます。
 大学では、「<子ども>を考える」「幼児教育学」などの科目を担当。仕事部屋の教育学研究室は、幼稚園から丸見えの2階の西端です。≫(長野県短期大学付属幼稚園・同PTA『手をつなごう』第102号(2004.5.31発行)

 町内の保育園をぶらりと訪問できるようなざっくばらんな信頼関係をつくりたい。保護者会との関係も現在はまったくないが、できることならお話を聞く機会があればと願う。


●(午前)住民懇談会説明資料打合せ(子ども課長・生涯学習課長)
●(午後)富士見高原中校長面接、南中校長面接

赤彦祭入選歌(小中学生の部) 全10作品シリーズで紹介(2)

2008年10月20日
赤彦祭入選歌(小中学生の部) 全10作品シリーズで紹介(2)

         境小学校5年  小熊 藍
○ほとけさまおぼんに家に帰ってきて私を近くで見守っている
         
         富士見小学校6年  小長谷 結夏
○たくさんの声えんの中走り抜け三位だったがくいは残らず
         
         富士見小学校6年  唐澤 斉秀 
○あの人に言われた言葉くやしくてももう言わせない心に決めた 

         本郷小学校6年  小池 夏樹
○新緑の五月の風を背に受けて最後のマラソン我かけぬけり 

         落合小学校6年  小林 唯一 
○つりに行き大物きたと思ったら根がかり連発やまなしをつる  

赤彦祭入選歌(小中学生の部) 全10作品シリーズで紹介(3・完)

2008年10月20日
赤彦祭入選歌(小中学生の部) 全10作品シリーズで紹介(3・完)


         南中学校2年  小林 穣
○早朝のオーレン小屋をたち出て光を求めて山頂目指す
         
         南中学校2年  小林 百合花
○朝焼けの空に輝くご来光黄金の一筋今日の始まり

         南中学校2年  小林 拓哉
○根石岳高き山頂風強く我が足元に雲のぼりけり
         
         南中学校2年  須藤 羽月
○根石岳エールを送る同級生隣の山からエールが返る

                           (以上)


10.20 天気快晴、気温高く過ごしやすい一日。ただし役場の中は変化なし。
●午前中、事務処理。教育長室に移ってから、無線ラン方式のため電波が弱くなり、パソコンによる仕事がしばしば中断して困惑。一日も速くケーブル方式の工事が始まることを願う。
●昼休み、セブンアンドワイ五木寛之『他力』購入、郵便振込み
●1:00-2:30 校長面接、教えられること多し
●子ども課方針書にコメント
●「あきたこまち」と「こしひかり」の味比べ、試食。自校炊飯が業者炊飯より美味しい。炊き上がりに混ぜ合わせをするか否かの違いではないか、とのこと。

ホリデーのスケジュール

2008年10月19日
 19日、日曜日、秋晴れの快晴。紅葉もいよいよ里山へ下りてきた。

 朝8時に自宅を出て、八ヶ岳陸上競技場で名勝探訪駅伝大会開会式。参加者も多数。副大会長の小池教育委員長をはじめ教育委員全員出席。スポーツの秋、子どもも大人も体を動かし、記録を競う。また楽しからずや。周囲の紅葉も本番を向かえてきた。

 教育委員さん他いろいろな皆さんと立ち話をして9時50分、井戸尻史跡公園で開催される「高原の縄文王国収穫祭」(実行委員会主催)に車で移動。10時から開会式~初穂の奉納踊り。豚汁、古代米のおむすび、きのこ汁、シコクビエのおかき、ふかしたアンデス産のジャガイモ―みな無料でふるまっていただいた。
 井戸尻せんべい、古里まんじゅうを買い、夢屋さんの100円のコーヒーをいただき、200円のぜんざいをいただく。

 土器作りの会のみなさんの土器の野焼きには毎年興味を持つが、「実際に作ってみなければ、縄文人の気持ちはわかりませんよ!」と印象に残る指摘に納得。「11月に野焼きをしますから、今週中ならまだ間に合いますよ。半日か一日、考古館に来て作ってみてください。都合をつけますから」と。時間のやりくりがつくか?もし時間が取れるならぜひ体験してみたい。

 帰りに信濃境駅に立ち寄って「開駅80年記念」の写真展、アララギ派の歌人森山汀川(富士見町神代出身)の新駅を祝する短歌12首などを見る。時間がなく「また来て見ます」と駅の方に言って帰宅。

 高速を走って岡谷のカノラホールで、270万部のベストセラー『国家の品格』の著者藤原正彦さんの講演会「日本のこれから、日本人のこれから」を聴講。(ロータリークラブ主催)。「文は人也」、歯切れのいい話に納得。『国家の品格』『祖国は国語』を再読してみたい。『日本人の矜持(きょうじ)』他未読の著書を読んでみたい。

 夕刻、例の「笑点」を見て笑う。

 きのこ汁で夕食。きのこは買い求めたものであるのが残念。いつか、きのこ採りに行けるかな。

 夜、録画で黒澤明監督の「天国と地獄」を途中まで観る。高校2年生の時、ぎっしり満員の映画館で観て、いつまでも忘れられない映画の一つとなった。犯人がどこかドストエフスキーの『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフに似ている気がする。

 以上、ホリデーの一日。早寝。明日から、新しい一週間が始まる。


 それぞれについての感想は、また別の機会に書きたい。

9秒16 富士見小6年2部がV

2008年10月19日
(昨日の速報の続き)
 今朝の「朝日新聞」長野版に、大きな横長の写真付きで「9秒16 富士見小6年2部がV」の記事が大きく載っているので、昨日の速報を補足する。

 県内から20校22チームが参加。二人三脚の要領で1チーム30人以上が50㍍を2本走り、いいほうのタイムで順位を競う。各チームごとにおそろいのTシャツ姿でかけ声をかけながらゴールを目指した。
 富士見小チームは5年生だった昨年も優勝し、初めて全国大会を経験した。しかしそこで、10秒台では勝てない、ということを知り。「9秒台の記録で長野大会優勝」を目標に練習を重ねてきたという
 担任の土屋明子先生(32)は「子どもたちいとって小学校最後の年。全国大会制覇と意気込む子どもたちの夢の実現に向けてがんばります。」と話していた。
 全国大会は11月16日に横浜市で開かれる。

 長野大会の模様は11月3日午後3時25分から長野朝日放送で放映される。

 

おめでとう!!富士見小6年2部

2008年10月18日
 速報―小さな町の大きな出来事
 富士見小学校6年2部の生徒が、今日松本市で開かれた「小学生クラス対抗30人31脚」長野大会で、昨年に続いて2年連続優勝!! 快挙だ、ほんとうにおめでとう。(富士見小学校のHPは県大会で昨年に続いて優勝している素晴らしい内容。詳細は明日にでも載るでしょう。ルールは、インターネット「30人31脚全国大会2008」)
 小学生時代に2度も県大会優勝の思い出ができたね。全県での優勝なのだからたいしたものだね。
 富士見町ではつい最近、南中学校で127人128脚のギネスに挑戦、見事に達成したばかり。脚力とチームワークのよさ、指導者の先生たちのご苦労の賜物(たまもの)。
 次は全国大会。がんばって! 応援しているよ。
 
 以上の速報は先ず保護者でもある小池係長から。声がはずんでいた。ぼくは今日そういう大会があることを失礼ながら知らなかったので、突然のことにびっくり。ぼくの喜びがすぐには伝わらなかったかな?と心配もしている。
 30分後に渋谷教頭先生からも「報告事項があります!」。「朗報でしょう。もう知ってますよ。おめでとうございます!」。

 担任土屋先生その他随行の先生方、保護者の皆さんもさぞ喜んでおられるでしょう。今夜はゆっくり休んでください。

  

「強くなれたらいい」

2008年10月18日
「強くなれたらいい」
 
 ぼくも向日葵(ひまわり)が好きだ。ぼくの理由は「明るいから」。「好きなゴッホが好んで描いた花だから」。
 その花になぞらえて「私も強くなりたい」と詩に表現した南中学3年生の作品を紹介しよう。(8月30日「第11回富士見高原詩のフォーラム」入選作品)

   向 日 葵   
         南中学校3年  名取 奏(かな)

なぜ向日葵は太陽を向いて咲く?
なぜだろう?

なぜ、そんなに上を向けるの
私は、すぐ下を向いてしまう
私は、すぐに傷ついてしまう
私は、すぐに落ち込んでしまう
ちょっとしたことで

なぜ向日葵は強いの
きっとそれは、どんなことにも負けない
強い心を持っているからだ
私も向日葵のような
強い心の持ち主になりたい

向日葵みたいに強くなれたらいいのに

                   *
 中学3年生のころ、ぼくは交響曲第3番「英雄」・第5番「運命」やピアノ協奏曲第5番「皇帝」など力強い作品とそれらの傑作を作曲したベートーヴェン(1770-1827)に強く憧れた。
 64歳にった現在でも、弦楽四重奏曲全16曲連続演奏会(3年ががり、6回)を毎回楽しみにしている。演奏前の作品解説によって、ベートーヴェンが、古典派のハイドンやモーッアルトの表現形式を乗り越えようと絶えずチャレンジし続けた強い意志が改めてわかる。

 悩み多き中学生・高校生時代にひたすら心の支えとしたベートーヴェン。ぼくは、南中生徒の作品を読んで、人生に思い悩んだ当時のことをふと思い出した。

 (以上、3回に分けて、詩のフォーラムの入選作を通して見る南中生徒の思いを3回に分けて紹介してきた。なお、富士見高原中の生徒の応募作品は極端に少なく、閉校を前にどんな思いでいるかをうかがい知ることはできなかった。来年に期待したい。)


(今日の予定)
●午前、PTA教育フォーラム(PTA連合会主催・町教委後援)、講演「見直そう、親と子のコミュニケーション―心にゆとりを持って―」の後、分散会。昨年も今年も都合により欠席。申し訳ありません。町長あいさつ。

あたたかい同僚関係

2008年10月17日
 今から8年前、2000年4月から4年半にわたって、わたしは短大で講義をするかたわら、付属幼稚園長を兼任することになった。ほとんど毎日出かけていって先生たちと雑談をし、職員会議も主宰した。
 園長時代にえ得られた経験を富士見町の保育園経営にぜひ活かしたい。わたしは、そう願って、当時書いた文章を連載することにする。 

  ≪5月18日、わたしは56歳になったが、図らずも今年は忘れられない思い出の誕生日となった。この日に限って、幼稚園の先生方たちが「大事な用事がありますので、4時30分に幼稚園にお出掛けください」というのである。わたしは、同僚の研究室で時間のたつのも忘れて談笑に花を咲かせていたところ、携帯電話に「マイムマイム」のコールが鳴り始めた。電話口の向こうで「先生!時間をお忘れですか!」。わたしは、おおいに恐縮して、話を打ち切ってすぐに駆けつけた。
 ところが、職員室の様子がいつもと違ってすこし変だ。カーテンが引かれて薄暗いのである。室内に入ってみて、わたしは思わず歓声をあげた。目の前の机の上にネーム入りのバースデーケーキがあり、ローソクも何本か立てられているではないか。笑顔の先生方が全員で「♪ハッピーバースデー!園長先生」と歌ってくれている間中、わたしは嬉しいやらちょっと恥ずかしいやら・・・。思えば園長冥利に尽きる一瞬であった。
 ああ、学校でこんなにもあたたかい同僚関係があることを、わたしは久しく忘れかけていた。子どもたちの保育に、この人間的なチームワークがプラスに働かないわけがない。この園のかけがえのない大きな財産であると思った。≫
(長野県短期大学付属幼稚園・長野県短期大学付属幼稚園PTA編集・発行『手をつなごう<過程と幼稚園の往復通信>』2000年8月号、第84号より転載)。

 このブログ、富士見町の保育士さんたちに届けよ!届け。


●南信地区図書館教育研究会。会場は富士見保育園、富士見小、富士見高原中、富士見町図書館。 絵本の読み聞かせの意義をテーマに、ノンフィクション作家の柳田邦男さんの講演会。ぼくの感想は別の日に。

木造校舎にお別れ

2008年10月16日
(9.16の続き)
 統合によって南中学校の生徒は木造校舎にお別れすることになる。その気持ちを詩に表現した南中の生徒の作品が、8月30日「第11回富士見高原詩のフォーラム」)で3点入選した。本人の了解をもらって、ここに紹介する。原文は縦書き。

 閉校後も木造校舎はなくしませんが、惜別の思いは南中卒業生の大半の皆さん同じだろうと推察します。有効利用をみんなで考えあいましょう。

 木 造 校 舎      南中学校2年  平出 悠(はるか)

私は木造校舎が好き
すき間風が入ってくる木造校舎
春の気配が入ってくる
夏の涼しい風が入ってくる
秋の音が伝わってくる
冬の寒さが上がってくる

私は木造校舎が好き
あのギシギシなる床
風がふくとガタガタ音をたてて
ふるえてる窓ガラスの音
なにもかもが心の中に残っている

外は白樺の木 桜並木
その下でテニスをするのが好き
南中が好き
私のおじさんもおばさんもお母さんも
通った「南中学校」
ずっと残ってほしい私たちの
「南中学校」



●長野県町村教育長代議員会、会場は野沢温泉村。五味子ども課長の運転で高速道路を走って2時間余り。長い長野県を南から北へ縦断。午前11時30分役場を出発して帰ってきたのは6時30分。。明日の予定があるので、宿泊と明日の村内見学は遠慮。会議の概要は別の機会に。

立派すぎないほうがいい

2008年10月15日
 タイトルを当初「教師の品格」としたが、急遽変えた。

 その理由を書く。今朝、落合小学校で開かれる諏訪地区教育課程研究会に行く途中の出来事。 いつもの狭い道を行くと「通行止め」の標識がある。しかし、車が十分通ることのできるスペースがあるので通り抜けることができるだろうと高をくくって直進。ところが、奥まで行くとショベルカーの工事で完全に行き止まり。工事中の人に30分だけ駐車させてもらえませんかとお願いしたが、「通行止めと書いてあったでしょう」。返す言葉はない。
 考えが甘かった。いやそれ以前に考え方が間違っていた。そのことを諏訪地区からお集まりの先生方に挨拶で述べ、笑いを呼んでしまった。

 4年前、教育長として議会デビューした時、就任挨拶で引用した詩人の吉野弘さんの「祝婚歌」の一節がふと頭に浮かんだ。
 (前略)
 立派すぎないほうがいい
 立派すぎることは長持ちしないことだと気付いているほうがいい
 完璧をめざさないほうがいい
 完璧なんて不自然なことだと
 うそぶいているほうがいい
 (後略)
 
 以上の前置きをしたうえで、予定原稿を公開する。
 教師の品格 道徳教育、心の教育、品格について
 道徳教育ばかりを強調すると精神主義に陥る。」と、先日(9.3)書いた。
 「体力・持久力・忍耐力・継続する力」などが、いわゆる「生きる力」を育む。ひょっとして「学力」以上に?
 「道徳教育」、「心の教育」の大切さが新学習指導要領で強調されている。僕も人一倍大切だと思っている一人である。子ども・保護者・学校現場により近い立場にある教育長になって、観念論としてではなく、身近な問題としてより一層そのように思うようになった。

 「道徳とは何か。道徳は教えられるか。」-大学時代の敬愛する恩師・林竹二(はやし・たけじ)先生(ギリシャ哲学専攻。田中正造・森有礼研究の定説を覆したことを忘れてはならない。)は、講義でこのテーマを繰り返した。(拙著『人間を学ぶ―林竹二先生の人と思想―』径(こみち)書房、絶版)。今は、より切実な現実の問題として考える。

 道徳教育を深い部分で理解する一つの方法として、ベストセラーになった藤原正彦さんの『国家の品格』(新潮新書)、明治時代に「太平洋の掛橋」たらんと志した(1862-1933)新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫)に教えられることは無限に多い。繰り返し手に取って読んでいる。

 これらの本がベストセラーになる状況を批判する人たちがいるが、組みしない。長い間、「武士道」なるものは封建道徳の典型と誤解して、手に取ろうとさえしなかった。しかし、それは食わず嫌いであった。藤原さんのお蔭で食べてみたら、独特の品格があり、深い味わいがある!若い頃は理解が一面的で、かつ浅かった。

 姜 尚 中(カン・サンジュン)さんは、《『国家の品格』の著者などは、しきりに「論理」と「情緒」を対比させ、「論理」の欠陥を指摘して日本的な「情緒」の復権を説いています。・・・屈託なく「日本の生み出した普遍的価値」のうち、最大のものは、「もののあわれ」や「自然への畏怖心」「跪(ひざまず)く心」や「自然への繊細で審美的な感受性」と語っている・・・》(『愛国の作法』朝日新書)と批判しているが、そんなに簡単に二分法で切って捨てることができる内容ではない。ぼくは双方から学ぶものが多い。

 誤解のないように次のことも明記しておく。「愛国」について理性的・論理的に語っている『愛国の作法』から、非常にたくさんのことを学んでいる。真摯で凛として生きる東大大学院教授の姿勢は、同時代を生きる僕らを励ます。近著『悩む力』(集英社新書)も好著である。文豪・夏目漱石や社会学者マックス・ウエーバーが生涯どれほどまじめに悩み続けたかを解き明かす。こんな漱石の読み方があったんだ! それにしても、「悩むことはださい」と考える風潮に異議あり!

 子どもは、教師の言うことよりも、教師の後姿を見て育つ。徳目を並べて、その大切さを説教しても、子どもの心に沁みこんではいかない。実直で飾らない教師が僕には記憶に残る。
 道徳を教える立場にある教師は、自らの道徳心、品格、私の言葉で語れば「人間としての矜持(きょうじ)」が不断に問われることを銘記したい。聖職者と言われるゆえんである。

 建前だけで生きていくと、いつか行き詰ると思う。本音だけでも、学校と言う組織では生きていくことができない。人の心には清濁、善と悪が共生しているという厳然たる事実を認め、そのうえで「ただ生きるのではなく、よりよく生きる」(『ソクラテスの弁明』岩波文庫)ことが大切ということを大事にしたい。「偽」でじょうずに生きているととんでもない落とし穴がある。誠実に、かつ遊び心で生きたいものだ。


(今日の予定)
●諏訪地区小学校教育課程研究会(落合小学校)
●10月定例教育委員会 9:30-10:00勉強会、10:00-12:10定例会、~13:45雑談!それから昼食。
●富士見保育園絵本コーナー、程田園長と懇談。
●15:45-南中・富士見高原中学校合同職員会議(高原中学)、「中学校統合推進委員会」学校関係者顔合わせ。
●町長にお願いと懇談

 

雨の降る日は傘さして

2008年10月14日
 出勤時に雨が降っていると、以前なら「車で行こう」。だが、今朝は雨が降っても傘さして役場まで歩く。濡れるが、健康には替えられない。健康でないと気力も意欲も萎(な)えてしまう。

 先日、東京の山手線(外回り=新宿→上野→東京)で僕たちの前の席に老人が座っていた。社会の窓が開き、ズボンを吊っているバンドも左側が見えない。外れているのかな?
 僕は老人の席へ行ってズボンを整えベルト代わりのフックをかけてあげた。吊りバンドを確かめてみたが、これは隠れていて見えないだけであった。
 席に戻ると、うれしそうに語り始めたのである。「もう96歳だが、毎日歩いている」と。上野駅の手前で、重そうな手荷物を2つ持って下車した。そして、階段を一段一段ゆっくりと上って行った。
 「毎日歩いているから」と明るく語った笑顔が忘れられない。

 ちなみに、町立南中学校は8日、体力の増強、精神鍛錬などをねらいに競歩大会を開き、町内を男子は13.5キロ、女子は11.5キロのコースを走った。(10.10「長野日報」)

駅前周辺の安全確保を

2008年10月14日
(議会報告8)

質問事項  「通学時の安全確保について。駅前付近の安全確保がまだ不十分ではないか。」 
質問議員  小林 光
答弁者    教育長

 駅前周辺での青少年等の行動が、町内生徒に不安感を与えているのではないか、という事については、以前にもご指摘をいただきました。ただ一時期のように駅前に集団でたむろするようなことは無くなっていると聞いております。
 
 町としての取組みは、従来からの青少年健全育成会議による、健全育成の街頭啓発や有害環境のチェック活動などによる環境浄化対策が主な活動です。
 
 特に、駅周辺一帯の安全対策については、町交番のパトロールによるところが大きいわけですが、交番においても、現状を把握しており、巡視の重点地区として認識をいただいておりますので、更に連携を図りながら、通学生徒の安全を確保できるよう努めてまいります。 (9月議会報告・終わり)





学校に「相談ポスト」を

2008年10月14日
(議会報告7)

質 問  .「いじめなどに悩む子どもたちを守るために、小中学校に「相談ポスト」の設置をする考えはあるか。」
質問議員  中山 孝
答弁者    教育長


A. 常日頃から、日記や何気ない雑談の中で、また直接子どもの話の中から、子どもの様子や心を把握することに努めています。
 M中生徒会の「意見箱」やH小6年の「相談ポスト」のように生徒会や学級で設置しているところもあります。

 しかし、望ましい本来の姿は、お互いの信頼関係の中で、子どもが安心して担任や養護教諭、心の相談員のなどに悩みを打ち明けることができ、教員が子どもの話にじっくりと耳を傾け、耳を澄まして聞いてあげることだと思います。
 それでもなお必要があれば、設置を考えます。各校の実情に応じた対応を尊重し、見守りたいと考えています。

法教育の導入

2008年10月14日
(議会報告6)
質 問   「来年5月より裁判員制度がスタートします。その制度を支える基盤として、法教育を小中学校に導入する考えはあるか。」
質問議員  中山 孝
答弁者    教育長
    
 平成21年5月までに「裁判員制度」が実施されることを踏まえ、法務省と文部科学省が連携して、裁判員制度を含む法教育の教員研修をすすめるよう各学校に通知をしている段階で、そのための研修はまだ実施されていません。

 研修の目的は(1)裁判員制度の概要や意義を理解し、(2)法的なものの見方・考え方を身に付け、(3)法教育の重要性を理解し、(4)社会科、総合的な学習の時間、特別活動等、様々な教科、領域の指導に活用できるようになるためです。
 小学校6年社会科や中学校3年の「政治」分野の三権分立、司法の所で「裁判員制度導入」について触れることができます。現在のところは、その程度です。

今後、文部科学省や県教委から指示があれば、南諏校長会を通して対応していきます。

(第二質問)
指示待ちとは情けない。富士見町の独自性を出した取り組みをしてもらいたい。「自由の中で、ルールは無くてはならないもの。」他の自治体では、模擬裁判、裁判所の方を招いての授業などをやっている。
A.南諏校長会に具体的な取り組みとして何ができるか、投げかける。

携帯・IT社会の利便性と危険性

2008年10月14日
9月議会報告の続きの公開がすっかり遅くなってしまった。本日一挙公開!

(9月議会報告5)
質 問   「携帯・IT社会において、子どもをどう守るか、具体的な考えは。」
質問議員 エンジェル千代子
答弁者   教育長  

 携帯電話や自宅パソコンによるインターネットはコミュニケーションや情報収集の機器として便利であり、活用次第では非常に有効に機能します。

 しかし便利な反面、携帯電話の学校裏サイトやの危険なサイトへのアクセスなど、巧妙な誘惑と危険が存在している面は無視できないところであります。現にブログにまつわる友だち同士のトラブルが、殺人事件にまで発展する事例が多く報道されています。

 携帯電話の危険性については、町教育委員会は、町人権教育推進委員会等関係諸団体と連携して、昨年から今年にかけて実態を知っていただくための啓蒙講演会を開催しているところです。また、富士見高校でも今年の4月に一般の方にも公開して講演会を開いています。

  IT社会である今日、インターネットや携帯電話の利用はますます生活に密着し、危険性があっても活用なくして過ごすことが難しくなってくると考えられます。


 ですから、携帯電話などの利便性、危険性について機器を子ども達に買い与えている家庭での認識が最も重要になると考えます。各家庭で有害サイトのフィルタリング、携帯電話有害サイトアクセス制限など、使い方についてのマナー、ルールを親子間で必ず話し合い、各家庭で責任を持った対応をお願いしたいと思います。

 いずれにせよ、問題を解決するには、利用する者の認識、家庭での指導が重要ですので、町としは学校の授業時間にインターネットの怖さや携帯電話との付き合い方について情報を提供したり、保護者の皆さんへの啓発活動を今後も積極的に実施していきたいと思っています。

 なお、H小学校では、10月のPTA講演会に講師をお招きして、親子で話を聞き、その後保護者等で話し合いの時間を持つとのことです。このよう取り組みが広がることを期待し、支援もしていきたいと思います。




教育委員会は教育行政の最高意思決定機関であるにもかかわらず・・・

2008年10月13日
 教育委員会制度の可能性を探っている僕は、次の新聞記事のコラムが目に留まり共感した。

 《大分県教育委員会の教員採用を巡る汚職事件では、教委事務局の不正を見抜けなかった教育委員会がクローズアップされた。

 教育行政では、(教育委員会は)自治体の最高意思決定機関であるにもかかわらず、影響の薄さがつきまとう。
 今月の19日には全国の教育委員長が文部科学省に集まり、教育委員の役割を改めて議論した。鈴木前文科相は「教育委員が住民の目線で指揮を執ってほしい」と指導力の強化を求めた。出席者からは「事務局の提案を承認するだけの存在に成り下がってはいけない」「われわれ自身が相応の勉強をすることが必要だ」と語気を強める教育委員長もいた。

 元鳥取県知事の片山善博慶応大教授(地方自治論)は「教委は地域の教育行政全般をリードする重要な役割を担っている。事務局の提案をうのみにせず、自分で判断できるように、委員自身がもっと勉強することが必要だ」と指摘する。》
(9.26『読売』)

 以下、僕の所感。
 教育委員が事務局あるいは教育長の提案をうのみにしないで、自分で判断できる力量形成は、非常勤の教育委員にとっては、現実には大変なことである。
 教育長と事務局が、教育委員に必要な情報を十分提供し、委員の意見を尊重するという教育委員会運営に十分配慮すること。そのことを大前提に、教育委員にもっと勉強する必要性と自覚を求める。ツボはそこだろう。

 僕たち富士見町教育委員会は、毎月の定例会で冒頭の30分、教育委員会制度、教育委員会の役割等について勉強会をすることにした。必要な資料を事前配布して、さっそく10月15日の定例教育委員会から始める。

教育長は常勤でないと務まらない

2008年10月12日
 行財政改革の一環としてパートタイム(非常勤)の教育長を可能とする条例を9月2日に可決した北海道中頓別(なかとんべつ)町。 ぼくは本欄で以前、「教育長は常勤でないと務まらない」と驚きの意見を書いた(9月26日「教育長を非常勤に!?」)。案の定、1ヶ月後の10月1日、結局常勤の道を選んだ。

中頓別町教育長:非常勤化せず 後任に米屋氏 /北海道
 教育長の非常勤化を可能とする全国初の条例を制定した宗谷管内中頓別町の教育委員会は1日、福家義憲・前教育長の後任に、米屋彰一・前町総務課長を選任、勤務は引き続き「常勤」とした。
 常勤を選択した理由について町教委は(1)教育長は常勤でないと務まらない(2)町民から非常勤化を不安視する請願が町議会に出されている--の2点を挙げた。一部町議から「高すぎる」と批判された報酬は月額50万4000円のまま変更しないという。条例を提案した柳沢雅宏町議は「町教委の決定は尊重したい。人口減が続いているので報酬や事務局規模を考えながら教育行政を進めてほしい」と話した。【千々部一好】毎日新聞 2008年10月2日 地方版≫

≪文部科学省は「認められない」という立場で条例可決から9日後に局長名で指導の文書を出した。地方教育行政法上、教育長が教委のすべての事務をつかさどると規定されていることなどを根拠に「非常勤では務まらない」「条例は法令違反だ」と批判している。≫(10.2朝日新聞 全国版)

 人口2,100人、実質公債費比率約28%に及ぶ小さな自治体の厳しい財政難が背景にあるようだ。 

赤彦祭に思う

2008年10月12日
 教師にしてアララギ派歌人の島木赤彦(1876-1926)の遺徳をしのぶ第71回赤彦祭が昨日、諏訪教育会・富士見町教育委員会の主催で開かれた。
 富士見公園の碑前祭は、参列者が白菊を手向け、続いて赤彦祭記念短歌展・一般の部入選作を作者が朗詠。富士見町教育委員会が入選者に表彰状を手渡した。

私は毎年思う。
 (1)表彰状を読んでいつも思うのだが、センテンスが長すぎて読みにくい。担当者と相談して、修正したい。(これはまったく内輪の話し。毎年忘れるから備忘録)

 (2)どうして小中学生の部の表彰をここで行わないのか?と。ぜひここで表彰状を手渡したいと3年前南諏校長会で提案したが、実現するに至っていない。都合のつく親子にだけでも、碑前で表彰してあげたい。きっと子どもの心に思い出として残るだろう。


赤彦祭入選歌(小中学生の部) 全10作品シリーズで紹介(1)
         富士見小学校5年  小嵐砂奈
○金魚がね自由に泳ぐすがた見て私もプールに行ってきます


 (3)午後の講演会では、岩下貞保先生(今月1日から岡谷市教育長)が、昨年は「赤彦・茂吉・不二子の苦悶時代」と題して中原しづことの愛と苦悶を、今年は「紹介 師弟―赤彦と金原省吾(せいご)―」と題して師弟愛を語られた。いずれも“人間赤彦”がメインテーマのように思われた。
 『長野日報』に赤彦について連載されている小口明前下諏訪町教育長と時々出張先の宿で同室になり、赤彦を聖人君子のように権威化してはいけないのではないのですか?と深夜まで飲み明かしながら生意気な口をきいた。小口先生も同じ思いのようで、肝胆相照らした。

 昨日(10.10)県市町村教育委員会研修総会講演会で作家の曽野綾子さんが「小説を書くことは、じ~と人間を見つめること」と話されたことと重なる。教員研修会としても位置づけられているからには、「教育は、人間(子ども)をじ~とを見つめること」。ありのままの人間(子ども)をリアルに捉え、その上でなお肯定的に見る視点が教師に求められる。


(今日の予定)
町民スポーツ祭開会式(町民スポーツセンター)


(今朝の新聞)
●10.18(土)映画「月よりの使者」上映会、富士見高原病院で(『長野日報』)
●どうする学校選択制、「ここに来て異変が起きている」。02年に導入した江東区が6年たって小学校に限って見直し。「地域とのつながりが薄れた。小学生の歩ける範囲の学校に」。
 04年度に導入した前橋市は、10年度をもって小中学校ともに廃止。「よい制度ではあったが、課題のほうが加速度を増した。」(朝日新聞)
 先日交流会を持った友好姉妹市教委との懇談の中でも、学校の統合問題とともに、学校選択制度の見直しが話題になった。
●(7.28読売新聞一面トップ)公立高校普通科の通学区域(学区)の統廃合が進み、03年以降20都県が学区を廃止、9道府県が統合して学区数を減らした。≪私立と生徒争奪≫。01年度地方教育行政法の改正にで、都道府県の判断で学区撤廃が可能になった。
(注)
 長野県でも田中知事が就任した直後に、12学区を4学区にした。その結果の検証はどうなっているのだろうか? 今は「高校再編」の名で改革が進められているのだが。


週末、ゆっくり新聞を読む(2)

2008年10月11日
 週末、ゆっくり新聞を読む(2)

 (4)学力テスト 最下位と上位、沖縄と秋田 教員人事交流。≪全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で、小中学校とも2年連続最下位だった沖縄県の県教委が、2年連続トップだった秋田県の県教委に働きかけ、来年度から教員の人事交流を始める。≫(読売新聞)

 (5)里帰り出産
≪出産といえば里帰りを連想する人は少なくありませんが、最近、里帰り出産は減っているようです。
 そもそも里帰り出産は、日本独特の慣習です。・・・夫婦が両親となり、一番力を合わせるべき産後に離れて暮らすのは、世界から見れば不思議なことのようです。
 産後、赤ちゃんの世話で一番大変になるのは母親ですが、二番目は実家チームではなく、父親であるべきかもしれません。(大葉ナナコ)読売新聞≫

 ――ぼくも出産後のふじ子の世話は亡母任せであったなあ…。それを不思議にさえ思わなかった。

 (6)≪同じ立場で悩み聞き、力に。 不眠やうつ状態で病院を転々とした看護師さん(58)。「職場の人間関係がうまくいかなかったのは、女性ホルモンが減って心が弱くなっていたから。受け流せない自分も悪かったんだ」。…家族とはあくまでボランティアとしてつきあう。ボランティアなら、同じ立場で不安や不満を聞ける。「そうよね」とうなずき、語り合える。≫(朝日新聞「患者を生きる」)

 (7)≪「静寂と叡智に耳澄ます人、ノーベル文学賞受賞のル・クレジオ氏」文化人類学者・今福龍太東京外国語大学大学院教授(朝日新聞)。

 すべてのノーベル文学賞受賞者の作品を読破したい!!

週末、ゆっくり新聞を読む

2008年10月11日
 週末、今朝の新聞を読む(1) 

 熱心な読者から「漢字が多すぎない。中国語みたい。」と言われた。なるほど、そうだね。研究ノートなどはどうしてもそうなりがちだが、気をつけたい。

 毎朝ゆっくり新聞を読む暇はない。ぱらぱらとめくる程度である。今朝は朝食後、一週間の疲れが出て仮眠。それから午後の赤彦祭までの短時間ではあるが精神的にはゆっくりと新聞を読んだ。連日、米国発の金融危機が報道されているが、日本にも本格上陸し、「東証株価暴落、8200円台、下落率過去3番目」などの記事が躍っているが、とりあえず今朝の新聞で私の目に留まった記事をスクラップする。

 (1)長野市立中学校元音楽教諭に懲役1年10ヶ月の実刑判決。判決は≪音楽家を志望していた女子生徒が素直に指導に従っていたことに乗じて、自らの性的欲望を満たすために犯行に及んだと指摘。教諭の立場を利用し、両親に経済的な負担をかけないで音楽を学ぶには宮崎被告(51、懲戒免職)の指導を受けざるを得ないという女子生徒の弱みにつけ込んだ極めて悪質な行為とし、「現役教諭による犯行は学校教育に対する信頼を失墜させた」と述べた。≫(朝日新聞)。
≪県教委によると、2006年6月、教職員の懲戒処分の指針策定後、わいせつ行為で懲戒免職処分を受けた教職員は4人、セクハラ(性的嫌がらせ行為をして懲戒処分を受けた教職員は3人に上る。≫(読売新聞)

 (2)≪子ども買春、人身売買、児童ポルノの根絶に向けた「子どもと青少年の性的搾取には対する世界会議」が11月25~28日、ブラジルのリオデジャネイロで開かれる。日本は、米国、ロシアに続き3番目に児童ポルノサイトが多い国という。
  欧米諸国では、児童ポルノを所持すること自体を犯罪とする国が多いが、日本の児童買春、児童ポルノ禁止法では画像の「単純所持」を処罰することができない。≫(読売新聞)

 (3)八ヶ岳の主峰赤岳(あかだけ)山頂付近で、愛知県の男性(57)が急に倒れて、消防防災ヘリで佐久市内の病院に運ばれたが、死亡した。(長野日報)。注意して登れば危険はないはずだが、無理な日程だったのか、持病があったのか、日ごろ運動不足だったのか? 自戒したい。(続く)

多くの人との出会い

2008年10月11日
 多くの人との出会い 
 今週も目の回るようなあわただしい一週間だった。その中で多くの人と出会った。学んだこと、感じたことも多かった。
 (月)建築士、町民スポーツ祭実行委員。

 (火)入笠山の高遠町(現伊那市)側の古道「法華道」(室町時代)を一人でよみがえらせた80歳の古老。

 (水)総務課長、南中学校長、富士見町男女共同参画計画推進委員長の平川祥代さん、旧富士見高原療養所資料館の荒川じんぺい館長、生涯学習課職員(歓送迎会)。

 (木)諏訪地区の体育の先生40数名、多摩市教育委員会の皆さん、同市立八ヶ岳少年自然の家の職員、間伐を体験学習する多摩市の小学6年生たち、富士見町教育委員、子ども課長、同係長、夕方5時40分ころから6~7分LCVFM769スタジオで、「ワーク・ライフ・バランス」について平川さんと語る。

 (金)第52回長野県市町村教育委員研修総会、午前中は分散会、午後は曽野綾子さんの講演「考えること・表現すること」、会場は高速道で北に約2時間(運転は子ども課・美咲さん)、須坂市メセナホール[メセナとは〔フランス語 mécénat〕〔文化の擁護の意〕企業が社会に貢献したり慈善のために寄付したりする一環として行う学問・芸術を支援する活動。(三省堂『新・明鏡辞典』)]。県下の教育委員、教育長、担当職員と一緒になる。

 そして今日(土)午後は、島木赤彦碑前祭、昨年に引き続き講師をお願いした岩下定保岡谷市教育長講演会、終了後おそばで交流会。教職員の研修を兼ねているので諏訪地区の大勢の先生方とお会いできる。

聖篭中学校の学校改革に学ぶ

2008年10月10日
(研究ノート 3)
  富士見町の統合中学校の「基本的な理念」を教育長(私案)として、できるだけ早いうちに文書で提案する。(聖篭中学校に関する「研究ノート」はそのための下準備である)

(1)「富士見町らしい個性的な中学校創りの‶理念″」
・ 教育目標=「よりよい生き方を追究する生徒」
・ 学校運営の基本目標=「生徒・教職員・保護者・地域が共に創る学校」
・ 指導目標=「生徒の主体性」「学力向上」「生きる力」
・ それを実現する指導の力点=「自主活動や体験学習の重視」「教科センター方式の導入」「地域との連携」

(2)学校経営改革 10-11㌻
・ 学校運営と校長・教頭など管理職の関係、教職員同士の実践交流
・ 校長他学校管理職の意識改革、リーダーシップ・・・学校改革の雰囲気作り
・ 教職員と議論しながら教職員のアイディアを引き出し、学校全体の新しい取り組みを、継続的に推進している。
・ 学習指導・生徒指導を総合的に進める教職員集団、集団指導体制
・ 校務分掌を超えて連携し合う柔軟な指導体制(重層的指導体制)
・ 校長は教職員の情報交換を奨励する。
・ 教職員同士が相互に意見・アイディア等の情報交換を頻繁にする。・・・そのことが、①教職員の成長に繋がり、②長期的な教育目標の実現に向けた意思統一、大同団結することに繋がる。(小異を捨てて大同につく)

(3)教育課程の改革 11-12㌻
・ 教科センター方式の導入
・ 分かる楽しい授業
・ 授業を教科専用教室に変えただけでなく、(教科センター方式の授業の効果がでるように)授業の運営・内容・方法の体制を大幅に変えた。
①45分授業(どうしても教師が一方的に伝えるだけで終わりがち)を70分授業にした。70分授業は、教師が伝えたことを「思考・討論・体験・作業の過程で理解を深めたり」「授業の始めに前時の確認をしてから本時とのつながりを深めることができる。」
②選択科目、関心別・習熟度別学級編成―個々の学習進度に適応した学習指導。
③ティーム・ティーチンブを導入。相互の授業を見学するなかで、教師の指導技能を大幅に向上させた。生徒への一致した学習指導体制が生まれた。
④無学年制授業の導入。学習が遅れがちな生徒に対応する。指導は担当教科を超えて全教員が当たる。
・ 授業で勝負する・・・
・ 高いレベルの授業実践を展開するための指導内容・方法。「国・社・数・理・英の5教科は習熟度別または課題別の指導を常態化」(53㌻)⇔佐藤学『習熟度指導の何が問題か』(岩波ブックレット、2004)
・ それに見合った学習指導と生徒指導
・ それを支える学校運営・学級運営

(4)学級とホームベース・・・学級経営改革の特徴 12-13㌻
・ 学級とホームベースをまったく別な集団として組織12 複数の居場所
① 学級だけに集団に属した場合、人間関係がうまくいかくなると、子どもは居場所を失う。複数の集団に属することで、多様な人間関係を結べる。
② 学級担任とホームベース担任制は、生徒から見て頼れる教師が複数いる。13
③ 毎年異なる様相を呈する生徒の状況に応じて、2つの集団の関係を毎年柔軟に変更している。

(5)学力向上と生徒指導・心の教育(人格形成)の統合・・・生徒指導改革 13-15㌻
・ 画一的な指導、校則を定めない。・・・生徒自身が、自らの頭で考え自ら判断する力を付け、人間関係・社会的モラルを自ら高めていく自主性・自己統制能力を培うことを生徒指導の基本方針とする。・・・生徒を信頼する生徒指導こそ、「信頼されている」と生徒が受け止め、相互の信頼関係をつくり、生徒指導の成果があがる。
・ 社会性(人間関係づくり)を通しての「生きる力」を育む。
・学力向上と人格形成の統一とバランス
・ 最終的に目指すものは、主体性・生きる力・自己統制力などの「自ら考え自ら考える力」
・ 競争を止める(後に、同じ教育方針のフィンランドの教育を考察する)
・ 読書への関心と読書量(学校図書館の充実、読書指導)

(6)学校づくりを支える行政の役割(フィードバックの関係)
・単に教育行政が提案・指導し、学校が実行するという関係ではなく、行政が学校に権限を大幅に委譲することで、学校が主体的に提案する実践内容を行政が支援する双方向の関係を構築したい。学校の主体的・積極的・創造的な提案を大いに期待する。このように学校と行政の関係は提案・指導・助言の相互補完の非権力的関係であるべきだと考える。
・校長の基本方針が明確であるほど、教職員は動きやすい。校長を信頼し、任せる。校長は強い自覚と責任感をもって学校改革・新生中学校づくりに取り組んでほしい。
・校長の基本方針を文書で明示する。
・責任と権限を持たせる。
・教職員同士の交流によって、教職員の実践力量の向上に全力で取り組む。
・日常的に授業を相互公開、毎日が研修。 

(7)学校と地域はパートナー(サポーターではない)
―学校改革との連続性で、地域生涯学習改革をすすめた
・「風の人」と「土地の人」のパートナーシップ。
・ 地域の保護者・住民はサポーターではなく、パートナーという位置付け
・ 学校改革との連続性で、幼児期から学校教育を経て成人期に至るまでの地域生涯学習体制の改革をすすめた。具体的には、
① 学校内に「地域交流棟」を建設し、1階を「地域交流ラウンジ」「カフェテリア(軽食、飲み物)」とした。常時学校をオープンにすることで、許可がなくとも自由に出入りできるようにした。地域住民の学校応援団「どんぐり隊」が常駐して、学校運営や学校教育に関われるようにした。その他、「学校株主総会」を開いて、学校の教育方針・活動内容を常に地域にオープンにする。(校舎配置図・平面図は37㌻)
② 地域住民・団体が授業で生徒に体験学習等を指導するなど、地域住民の学習成果を活かす機会を設ける。地域と学校が連携することで、地域住民も成長できる。

(8)改革は進行形、改革に向けてのプロセスこそ改革の真髄
 単に一側面の改革、一側面の特色づくりの改革ではなく、地域と連携した総合的な学校改革に特色がある。まさに現代の学校改革・学校づくりの先進的な位置にある。(16㌻)
 改革は完結したものではなく、不都合が生じれば常に新しい教育理念に立ち戻って新しい取り組みを持続的に進めている。
 改革の実践過程にある現在も、様々な課題を抱えつつ、試行錯誤を重ねている。(15-16㌻)
                             *
 以上が、序章「現代日本の教育問題と学校改革・教育改革の基本課題」の摘要、学習成果である。学ぶべきことは大変多い。
 労せずして都合のいい所だけを部分的にいただくのではなく、聖篭中学校の教育理念と学校改革を「総体として」学び取る。そして、十分咀嚼(そしゃく)して、富士見町にふさわしい統合中学校づくりに「総体として」生かす。そのための研究をさらに進めたい。
 次回は、「学校改革・教育改革が求められている背景」について考える。


(今日の予定)
・第52回長野県市町村教育委員会研修総会(須坂市メセナホール)
(今朝の新聞)
・≪ノーベル賞 助演は妻≫(読売新聞)
・≪下村氏のノーベル化学賞 「難しくてもやる勇気を」。3人の座談会出席者に若い日人にアドバイスをお願いします。…割愛(必読)≫(朝日新聞)
・≪社説「学力テスト結果」公表ルールの見直しが必要だ≫(読売新聞)…従来どおりでよい。県教委がんばれ!

ノーベル賞受賞

2008年10月09日
日本人、ノーベル物理学賞・化学賞受賞

 いやなニュースが続くなか、10月8日、9日の新聞・テレビニュースはさわやかです。

 南部陽一郎さん(87)は「小林さん、益川さんと同時なのは非常にうれしい。この2人もいずれとるに値すると思っていた。」
 益川敏英さん(68)は「尊敬している南部陽一郎先生の受賞が日本人として一番うれしいです」と絶句して泣かれた。
 小林誠さん(64)さんは「大先輩の南部さんと同時受賞でき、大変うれしく思っています」。
 ノーベル化学賞の下村脩(80)さんは、若い人たちに対して「どんな困難な問題にぶつかっても、最後まで諦めないでやりぬくことが大事です」と話されていた。
 なんと謙虚でうるわしい学問上の師弟関係。真理の前に人々は皆平等であることを体現されている。

 学校に先生方は、授業でこのことをぜひ話題にしてほしい。きっと子どもたちの心に何かが残ると思う。

私にとってのノーベル賞は、物理学の湯川秀樹博士と作家の大江健三郎さんであるが、もはや出かけなければならない時間となってしまった。続きは又明日。(10.8朝日新聞、NHKTVニュース他)

関連新聞記事
≪ノーベル賞 日本人3氏 物理学 南部氏「素粒子に質量」端緒提唱、小林氏・増川氏クオーク「6種類」≫(10.8朝日新聞)

≪ノーベル化学賞 下村氏 クラゲから「蛍光たんぱく」、細胞の状態 把握可能に。連日の快挙 日本人16人目≫(10.9読売新聞)



(今日の予定)
● 諏訪地区教育課程研究協議会、富士見高原中学校、保健体育科「集団マット運動」開会式
● 富士見町教育委員及び多摩市教育委員会交流会
● LCVFM769「さっちゃんの“ダジキザ”道中」出演、男女共同参画について。


(今朝の新聞)
≪大阪府 学力テストの市町村別成績 公開へ
全国で初
 全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の市町村別成績を巡り、大阪府の橋下徹知事は府内市町村分について公開する方針を固めた。府への情報公開請求に対し、府情報公開条例に基づいて判断した。
 同成績では、秋田県教委が8日、市町村名を伏せた形で公開を決めたが、府は市町村名も示す考え。すべて公表されるのは都道府県で初めてとなる。「地域の序列化につながる」と公開に反対する文部科学省や、すでに市町村として非公開を決めた府内自治体の教委などの反発が起きそうだ。

 市町村別の科目別正答率のほか、成績と補習授業や早寝・早起きなどの関連の分析結果を公表する準備を進めている。

 市町村別成績について、文科省は各市町村教委が自ら公表することは禁じていないが、都道府県教委には通達で非公表を要請しており、府教委は9月16日、情報公開請求に対し、非公開を決定。橋下知事は翌17日、府教委から市町村別成績のデータ提供を受け、公開・非公開を検討していた。

 橋下知事は、「結果が示されないから市町村教委は甘えている」として公表を主張。府内の一部自治体は自主公表したが、「点数にこだわるのは教育の本質を忘れている」とする吹田市などが公表を見送っている。≫(2008年10月08日 読売新聞)

≪学力調査の結果 市町村別開示へ 秋田県教委≫(朝日新聞)


乳幼児教育を考える(4)

2008年10月08日
3 教育行政の立場から考える

(1)子ども課・子ども支援係を新設
 教育委員会に、子どもの保健・医療・福祉・保育・教育行政を一元的に扱う<子ども課>を設置した。
 その意図は、①母子保健法・児童福祉法・学校教育法による従来の縦割り行政の弊害を改めたい。②0歳から18歳までの子どもに関する行政に継続性・一貫性をもたせたい。③行政・相談窓口を一本化することで、保護者・町民の利便をはかりたいということであった。

 課内に<子ども支援係>を新設し、児童福祉、母子福祉、児童手当、保育行政を教育委員会に含めたことによって、養護と保育(care and education)の一体化がすすんだ。
 森の中の「親子のひろば」、一時預かりの「ファミリー・サポート」など幾つかの子育て支援事業、5歳児健診、小学校敷地内での学童保育の拡充、保育料の減免の検討、児童虐待への対応、義務教育終了までの医療費の無料化などが既に始まっている。
 
 ところで、長野県の保育所の比率は77.4%で全国一の「保育王国」であるが、概してどこの自治体も保育行政の位置付けが驚くほど低い。
 保育所と行政の関係は事務レベルにとどまり、保育内容に関する指導・助言・援助の体制になっていない。保育の質の向上が急務の課題である。
 しかし、問題の背景に、定数は満たしているものの、未満児保育、延長保育、一時保育などのニーズに即対応できないほど保育士の人数が少なく、研修もままならない勤務条件や身分・待遇が不十分という現実がある。
 県下の自治体はどこも財政難で、これらの問題解決はそう簡単ではないが、行政の立場からみれば、乳幼児教育を考えるうえでぜひとも改善したい課題である。 (完)
  (信濃教育会編集・発行『信濃教育』平成19年11月号より転載)

乳幼児教育を考える(3)

2008年10月08日
乳幼児教育を考える(3)

2 幼少期の重要性の理論的根拠

<(1)~(4)略>
 (5)ホスピタリズム(施設病)の教訓 
 20世紀前半、乳児院や孤児院などの施設で育てられる乳幼児の罹病率・死亡率が高く、身体的・精神的な発達遅滞が多くみられた。
 その後の研究で、医学的な設備が整っているけれども保育者が少ないために保育が不十分な施設と、医学的な設備は不十分であるけれども保育者が多い施設とを比較観察したところ、保育者の多い設備の方が子どもの発達が順調であった。つまり、施設・設備問題よりも母親あるいは母親代わりの人の存在が重要であることが分かったのである。

 (6) 「3歳児神話」を超える 
 3歳までは生みの母親が養育するのが最善である。共働きなどの理由で母親が育児に専念しないと子どもの将来に悪い影響を及ぼす。「三つ子の魂百までも」。―この「神話」は「明確に肯定する根拠も否定する根拠も見当たらない」(厚生労働省)のだが、こう考えている人は、幼児教育研究者や保育士の中でさえ意外と多い。特に、共働き家庭や一人親家庭では一抹の不安にかられるのも無理はない。
 しかし、乳幼児期の母親の存在の重要性を一面的に強調することは正しくないだろう。母子が一緒にいる時間は少なくても、心のこもった心理的ふれ合いが十分満たされ、保育者(母親代わりの存在)の人数、温かい人柄、経験、熱意、子ども・保護者との信頼関係があれば問題はない。子どもの近くにいても育児放棄などの関係であれば、母親不在も同然である。これが、今日の幼児教育学界の支配的見解であり、数多くの保育実践を見てきた私もそう考える。(続く)
  (『信濃教育』平成19年11月号より転載)

乳幼児教育を考える(2)

2008年10月07日
 乳幼児教育を考える(2)  ―個人的体験を中心に―

 昭和33年、白馬村から松本市のマンモス中学に転校した時、大きなカルチャーショックを受けた。テスト、テストで学年順位が廊下に張り出され学級順位と併せて親に成績表が渡され、親の確認の印が求められた。今よりよほど競争の教育は徹底していたと思う。
 田舎の学校との学力格差を痛感し、荒れる学級と孤独な人間関係の中で、明るいと言われた私は急に暗くなり、辛い日々が続いた。天気のよい日には、松本からも遥かかなたに白馬連峰が見えるのであるが、「自分だけでも白馬に帰りたい」と言っては親を泣かせもした。
 思春期の大きな環境の変化に馴染めず苦しんでいた私を支えてくれたのは、白馬村での<家族の愛情・素朴な友だち・村の人たちの厚い人情・大自然の中で野山を駆け巡り思いっきり遊んだ>楽しい日々の思い出であった。<あれだけ遊んだのだから、これからは勉強に打ち込むぞ>と思ったことを覚えている。
 「兎追いしかの山/小鮒釣りしかの川/夢は今も巡りて/忘れがたき故郷」。懐かしさや温かさをもって思い出される幼少年期の原風景は、長じて困難な状況に直面した時などにやすらぎを与え、心を癒してくれる力となる。 (続く)
 (信濃教育会編集・発行『信濃教育』平成19年11号より転載)


(今日の予定)
鎌倉時代の「法華道を歩く」(9.15生涯学習課主催時の案内人、80歳の北原厚さん=伊那市=のご好意)

乳幼児教育を考える(1)

2008年10月06日
乳幼児教育を考える(1)
 ―個人的体験を中心に―

1 私の幼少期の「原体験」
 乳幼児期の環境の重要性は、言うまでもない。私の教育研究の底流には、いつも幼少年期の原風景や原体験が通奏低音のように流れていて、私の人格形成と教育観に決定的な影響を与え続けている。
 戦時中の昭和19年、八ヶ岳山麓の富士見町の母の実家で生まれ育ったが、母や祖父母にとても可愛がられ、どこに行くにも祖母のあとを付いて回った。そのぬくもりと優しさに満ちた無償の愛は、大学生になってさえ、「祖母が死んだらどうしよう」と下宿で悩むほど、私の心に深く刻印された。
 戦地から帰ってきた父が、「田舎の人の純真さに打たれて」、白馬村で材木屋を営む決心をし、私が5歳の時、家族で雄大な景観の北アルプスの麓に引っ越した。
 小学校から中学1年まで7年間を過ごした田舎の学校は、毎日が楽しかった。通知表に「呑気すぎる」「欲がなさ過ぎる」などと書かれはしたが、先生も両親も私をおおらかに見守ってくれた。
 今は亡き恩師は「検定上がりの傍系」であったが、そんなことは子どもにとっては何の関係もなかった。20代の熱血漢教師は、剣道や青年団野球の球審をつとめ、学芸会で若い女の先生と「月の砂漠」の曲に乗って華麗にダンスを踊り、村の子どもの度肝を抜いた。
 結婚して長男が生まれ、私と同じ「洋文」と名付けたという先生からのお便りは、言葉では形容しがたいものを子ども心に感じ、先生に対する親しみはいや増した。(続く)

(『信濃教育』平成19年11月号・特集<長野県の教育を考える>より転載)


映画を観て、教育の原点を思う

2008年10月05日
 女子高生の献身的な世話で心を開いた馬。昨日から全国で封切られた映画「三本木農業高校、馬術部~盲目の馬と少女の実話」を、実に久しぶりに映画館に出かけて観た。
 青春時代の美しさを描いた感動のドラマであった。映画は人間と馬の心の通い合いを描いたものだが、教師と子ども、親子、大人と子どもの関係でも同じであると思う。

 ≪実在する青森の農業高校を舞台に、盲目の馬と女子高生の絆を描く感動作!
 三本木(さんぼんぎ)農業高校の馬術部に所属する菊池香苗(かなえ)。彼女が世話をするのは視力を失いかけた通称コスモ。猜疑心が強く、なかなか懐(なつ)こうとしないコスモに手を焼きながらも献身的に世話を続ける香苗。やがてコスモは香苗の愛に応えるように心を開き、二人は強いきずなで結ばれていく。≫(チラシより)
 人馬一体の実話。原案は橘内美佳『私、コスモの目になる!』(主婦と生活社)

 東京ドーム13個分という広大な校地。四季を通じて同校で撮影した自然の豊かさ。コスモが子どもを出産するシーン、親子の別れでの親子がともにいななくシーンなどは涙なくして見られない。理屈抜きに、教育の原点を見る思いがした。

 それにしても、観客は私たちの他に2人。もはや映画文化を映画館で鑑賞する時代は去ったようである。映画文化はどうなるのか。経営は成り立つのかと、余計な心配もした。


(昨日の新聞)
●農業学習 収穫祝う。富士見高校園芸科と富士見小3年。≪交流学習の目的は、野菜や草花の栽培で高校生が指導者になって小学生と土に親しみながら作物栽培の楽しさを知ってもらうため。≫(『長野日報』)

教育長日記とは?

2008年10月05日
 既成概念から自由でありたい!

 教育長とはこうあるべきものだ。教育長日記とはこういうものではないのか。既成概念で考える読者には、この教育長日記は戸惑いや疑問が湧いてくるかもしれない。教育のことは教育のことを考えていただけでは拓けない。
 「子どもの最善の利益」を唯一の目的として、開かれた教育行政を進めているつもりの私にとっては、既成概念、固定観念からできるだけ自由であったほうが、教育行政はその目的により叶うことができると、4年間の経験から以前にも増して思うようになった。

 一昨日の夜、NHK教育テレビで、映画「お葬式」「マルサの女」などの勇気ある作品を、51歳から64歳まで創り続けて自ら命を絶った映画監督の伊丹十三について、今まで知らないことを改めて知って敬服した。脱税者の手口や暴力団の実態を暴いて襲撃され顔を斬りつけられスクリーンを切られる脅しに屈しなかった彼こそ、私が1日の就任式で述べた「義を見てせざるは有なきなり」(『論語』)を実践した勇気ある人の一人だったと言える。
 その番組の締めくくりに「時代と切り結ぶ人は傷つく」と言った映画評論家の言葉が、心に残って離れない。

 よく「開かれた学校」「開かれた教育行政」と言われるが、口先だけでなく、どれだけ本気になって実際に実行しているか。私たちは改めてそのことを真剣に考え続けなければならない。「閉鎖的な体質」などと批判されないためにも!!

明治以降の近代化遺産探訪

2008年10月04日
 景観オッチング2008 10.4
 富士見の近代化遺産と文化遺産を探訪する。秋晴れの快晴に恵まれ、待ちに待った町内の近代化遺産を見学して回った。

 朝8時30分役場前に集合。およそ参加者50人。A~D班編成。町のバスや車に分乗して役場建設課都市計画管理係の皆さんの運転で、先ず明治36年に架けられた瀬沢新田の立場川(たつばがわ)橋梁を見上げて説明を聞いた。
 ショックだったのは、次のような内容が記されている鉄斎のプレートが何者かによって持ち去られていたことである。「1903(明治36)年、アメリカン・ブリッジ社製。ドイツ人技師の指揮で架橋。」
 昨年までは、八ヶ岳側は既に何者かによって外されて無かったが、反対側は同じものが残っていた。その時も、私はしきりに、マニアにでも持ち去られると困るので取り外しておこうかと考え、関係者にも話したこともあったのだが。私はとても無念がったのであるが、参加者の反応は思っていて程ではなく、意外であった。
 説明された方が、平成12年に氏名不詳者が、諏訪博物館に上記のプレートを寄贈したとの説明書とともに陳列されている本物の写真を見せてくださった。

 次いで立ち入り禁止の姥沢(おばんざわ)隧道(トンネル)、乙事隧道を外側から見る。感動したのは、馬蹄形の入口の真上に1個だけ他よりも縦長の「キーストーン」と呼ばれる石がはめ込まれており、それはローマ時代から続いている石工建築法だという。3,000年前の技術の歴史がここに生きている。

 次いで風情(ふぜい)のある信濃境駅。外観は昭和3年建築以来変わっていないという。私も4、5歳頃までこの駅を乗り降りしていたので、はるか60年前の記憶が残っている。電化に伴い路線橋が付けられたことが一番大きい変化である。それにしても、駅と駅前が昔と変わっていないことはある意味で複雑な心境である。

 駅から歩いて10分足らず、境村役場(現信濃境公民館)を見学。これまた外観は昭和23年焼失、再建後のままであるという。
 最後に、来年度で廃校になる南中学校の木造校舎の中と外をじっくり見学した。諏訪郡下17中学校中唯一の木造校舎。今後どのように活用されるかが注目される。
 昼食はグランドの土手にシートを敷いて、青空の下で遠足気分でいただいた。
 午後は、保存と活用法についての討論会ということなので、立場上参加は遠慮させていただいた。

 それぞれの場で、一番適任の方々に説明をしていただいたので、学ぶべきことが多かった。主催者の町景観推進協議会のみなさん、建設課並びに井戸尻考古館の職員のみなさん、どうもありがとうございました。感謝します。

すわよう祭を楽しむ

2008年10月03日
 諏訪養護学校の文化祭を楽しんできた。
 秋晴れの午後、テクノ街道をてくてく歩いて約20分、「すわよう祭」を見に行ってきた。堀込明紀校長先生が、全会場をていねいに案内してくださった。改めてご好意に感謝します。

 職員・PTAの展示室では、陶芸、編物、パッチワーク、写真、籐手芸などそれぞれの趣味の世界を持っていることが分かり、いいなあと感心した。
 小学部・中学部の展示作品は絵など多彩な能力をそれぞれが発揮していて、これぞ個性的だと感動した。高等部では木工や手工芸作品、陶芸などがあり、既にいくつもの売約済みの札が付いていた。
 ぼくは、藍染めのティーシャツを1枚買った。(教育委員会事務局へ帰ったら、ふじ子とペアーでとそそのかされて、電話で1枚追加注文)。

 途中、高等部農園芸班が栽培した焼きトウモロコシを校長先生におごっていただき、野外食堂で一緒にいただいた。うまい! 山羊乳を原料にしたアイスクリームを試食させていただきもした。ごちそう様。
 帰りには、手工芸班が作った布製のペンケースまでお土産にいただき、大変恐縮し、お礼を述べて玄関を後にする。

 帰路、歩道を歩いていると、「教育長!」と声をかける人の声がする。振り向くと、車を運転中の小池雅子教育委員長であった。とぼとぼと歩いているこんな時に限って知り合いに会うものであることは、過去にもいくたびかあった。いつも背筋を伸ばして歩くべしと自戒。

 養護学校ならではの笑顔に満ちた明るい雰囲気の文化祭を楽しませてもらい、ありがとうございます。くつろいだひと時でした。

統合中学校の理念(2)

2008年10月03日
 (研究ノート2)

 聖篭中学校の成功の条件(1)― 教科センター方式の導入
 教科センター方式が成功した。《教科センター方式とは、現行の学級制度のように、固定された教室で同じ学級の生徒が1日一緒に過ごすのではなく、教科の教室があり、生徒が授業ごとに教科の教室に移動するという仕組みである(5㌻)。》

 聖篭中学校の成功の条件(2)― 全般的な改革
 単に教科センター方式を導入して学級構造の転換をしただけではなく、それに伴う学校運営、指導内容・指導方法など、全般的な改革を実施していることである。
 諸改革の内容は、行政と学校運営との連携の改革、学校経営の改革、教育課程の改革、学級経営の改革、生徒指導の改革、生涯学習の改革などである。

 《聖籠町教育委員会は、もし学校の前向きな改革のために教員の拡充や予算が必要であるとするならば、それを聖篭町の教育行政が捻出・補填するということも、町行政は決断している。(4-5㌻)》

 聖篭中学校の成功の結果(3)― 生徒や教師の意識の変化
 2つの中学校の統合による聖篭中学校の学校改革は、まったく新しい構想に基づくハード(校舎)の新築が契機になったが、最大の成果はソフト(教育)の改革に繋がったことである。

 成果は、単に校内暴力や不登校が大幅に減ったとか、学力テストの結果が毎年向上しているという数値だけで表されるものを追究して来たのではない。

 むしろ、生徒たちが生き生きとして、人間関係が良くなり、明るくなっている。そして教師たちも大変な仕事量をこなしつつ、職場環境が明るく、生き生きと集団的に教育活動を進めている。

 このような数字で表せない生徒や教師の意識の変化こそが最大の成果であって、数字はその結果にすぎない。

(以上、『学校という‶まち″が創る学び―教科センター方式を核にした聖篭中学校の挑戦―』、「まえがき」の要旨及び本文から)


 次回以降は、この3つの主旋律が、あたかも変奏曲のように繰り返し考察の対象となる。したがって、研究テーマは何回も重複して登場することになる。研究とはそういうものだろう。

中学校統合に向けた交流計画

2008年10月02日
 中学校統合に向けた交流計画について

 富士見高原中学校・南中学校では、平成22年4月の統合に向けて、生徒の皆さんが安心してスムーズに統合が進むことを願い、交流の計画を進めています。

(1)文化祭のビデオ交換
(2)1年生同士の学習発表会
 12月5日(金)南中1年生が高原中の学習発表会に
 2月27日(金)高原中1年生が南中の学習発表会に参加して交流。
(3)パノラマスキー場で両校1・2年生の交流会。来年1月(日時は未定、決まり次第お知らせ)
(4)南中通学区域の保護者の皆さんに高原中学校の校舎・授業の見学会を予定。
 11月、1月の2回(日時は未定、決まり次第お知らせ)

統合中学校の理念

2008年10月02日
(研究ノート1)
 富士見町の統合中学校(平成22年4月開校)をどのような中学校として構想するのか(全体構想、基本的理念、目標・富士見町らしい特色づくり、教育課程編成など)?
 学校現場との対話集会で、「新しい学校のビジョンを示してもらいたい」という声があがった。「それはみんなで考えていくことではないか」とその場では答えたが、教育長私案を提示する必要があると考え、9月に入ってから、幾つかのモデルとなる中学校の調査・研究を始めた。
 その勉強の成果を、これから随時掲載していく。勉強しながら、僕の構想もだんだん深化し発展するだろう。勉強の舞台裏を「研究ノート」というかたちで公開する。コメントを期待する。
                         *
 聖篭(せいろう)中学校に注目
 先ず注目したのは、毎年2千人の研究者や教育関係者等が視察に訪れるという新潟県聖篭(せいろう)町立聖篭中学校である。インターネットで検索すると、同校のHPは充実していて参考になる。また、2003年、手島勇平教育長(当時)他編著『学校という″まち″が創る学び―教科センター方式を核にした聖篭中学校の挑戦―』(ぎょうせい)が出版された。
 
 議会文教委員会から「中学校を視察したいが、どこがよいか」と尋ねられたので、聖篭中を推薦した。議会報告によると、早速、10月14日に同校を視察することになった。視察報告をお聞きしたいと思っている。(今日お聞きしたところ、国政選挙の関係だ延期とのこと)

 百聞は一見に如かず。僕たちも、学校の教職員をはじめ多くの関係者が、できるだけ近いうちに同校をしたいと考えている。

 学校が地域の中の‶まち″になる
 「はじめに」で手島教育長は、
 《聖篭中学校の成功の条件の一つは、学校という‶まち″を創ったことである。‶まち″には様々な教育の素材もあり、たくさんの人材がいる。そして子ども達もその中で生きている。それらの地域の様々な力が学校に結集される時にはじめて、学校改革は成功するのである。開かれた学校づくりが、現代の教育改革の大きな課題になっているが、それは単に「閉ざされた学校」をこじ開けることではなく、地域の様々な力を学校の中に投入し、学校を応援していくことである。・・・学校が地域の中の‶まち″になるとき、学校は子どもの生きる力や学力をいっそう高め、また地域や社会への大きな影響力を発揮するのである。》
 
 この構想の具体化は、本文を読むと目を見張るものがある。富士見町でこの構想を提案した時、ウエーヴを起こせるか。今の段階では、まだ自信がない。(続く)
プロフィール
~「教育長日記」創刊の辞~
(2008/8/16)

小林 洋文

管理者:小林 洋文

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