毎日のように“どじ”をする

2009年11月07日
 一日に一回はどじなことを言ったりやったりして、自分でも笑ってしまう。もう笑うしかない。

 昨日、役場地下の車庫から公用車で出かけるときのこと。最近では余り見かけなくなった手動のキーのワンボックスカー。
 管財係りから手渡されたキーでドアを開けようとするのだが、どうしても明けられない。困った。周りを見回す。遠くで青年たちの声がする。
「お〜い!! お願い〜!!」。車庫で作業をしていた青年職員に大きな声で助けを求める。
すぐ駆けつけてくれた青年が「キー」を手にして・・・。
「おや?教育長、これは車のキーではありませんよ」
ぼくはすぐに気がついた。(あっ、これは我が家の玄関の鍵だ…)と。

 間違いの元は、自宅玄関の鍵を入れていた同じポケットに係りから渡されたキーを入れて地下に降りてきたので、ポケットから取り出す時、当然車のキーだと思い込んでしまっていたのだ。

 ああ、またどじをしてしまった。ぼくは大きな声で笑ってしまった。青年はさりげなくぼくの笑いに付き合ってくれながら又もとの作業場へ走り去った。
今日は立冬。でも天気は晴れ、気温は10月上旬から中旬並で暖かさとのこと。里山に行くか、家で読書でもするか。
朝食後、『カラマーゾフの兄弟』第1部 第1編 「ある家族の物語」を読む。静かな朝だ。
●(午後2時〜)8月の訪中の際、団員のみなさんが撮ってきた写真をお互いに見合いながら注文する会。
柿上蔦木の名取さんから。他にもたくさん秋の実りをいただく。
帰路、60年前、祖母と入った秘湯に。内湯にゆっくり。露天風呂からは満天の星。

レヴィ=ストロースに学ぶ(続き)

2009年11月06日
一番心に残った新聞記事は、
 《西欧が「未開」と見下す社会にも、文明社会同様の構造があり、人間は社会に即した論理に基づいて行動していると主張し、西欧の人間主義を批判した。》(「読売新聞」)
 《原初の時代は自然状態にあった人間だが、結婚が氏族間で行われるようになって社会が形成されたとし、見えない「構造」が社会や文化を決定すると説き、「構造主義の祖」と呼ばれた。》(同)
 
 現代文明に警鐘鳴らした青木保・大阪大名誉教授の話 《先住民の社会構造を明らかにすることで、現代文明が進んでいる方向に警鐘を鳴らし続けた学者であり、思想家だった。
 フーコーやデリダら20世紀の偉大な思想家は何人もいる。しかし、彼らの思想が現代文明の枠に収まっていたのに対し、レビストロースさんだけは文明をつい抜け自然の中の人類という枠組みで思想を展開してきた。著作は難解だが、読み終えた時に世界が違って見えるという体験をさせてくれた。温暖化など地球規模の問題の解決が急務となっている21世紀こそ、彼の思想をが必要とされている。》(「朝日新聞」)

(追記)
≪東京工大教授(社会学)・橋爪大三郎「脱『西欧中心主義』に道筋」≫(11.6朝日新聞)

≪上野千鶴・東大教授(社会学)によれば、20世紀思想にとって最大ともいわれる影響力を与えたのはソシュールの流れをくむ構造言語学だが、それはレビストロースの介在なしにはありえない。≫(11.7朝日新聞「レビストロース氏 何者だったか――」)

 自分の言葉で語れないもどかしさがあるが、とりあえず自分の教育思想を鍛え直すために、メモしておく。
●午前中、落合小訪問、校長面接。
●午後、富士見高原中訪問、校長面接他。
●午後6時半〜第14回中学校統合推進委員会

レヴィ=ストロース死去

2009年11月05日
 今朝の新聞で、20世紀を代表するフランスの思想家で文化人類学者、レヴィ=ストロースさんが死去したことを知った。彼の思想は、ぼくの理想とする人生観・教育観の源流ではないかと感じた。(ぼくの受けた影響はルソーにまでさかのぼるが。)
 とりあえず、安直な方法だがネットで調べてみた。

「未開社会」観の変革
レヴィ=ストロースは『野生の思考(パンセ・ソバージュ)』(1962年)などにおいて、従来の「野蛮(混沌)」から洗練された秩序が形作られたとする西洋中心主義に対し、混沌の象徴と結びつけられた「未開社会」においても一定の秩序・構造が見いだせると主張しオリエンタリズム的見方に一石を投じた。これは後のポストコロニアリズムで特に高く評価されている。

 『悲しき熱帯』は1955年にフランスで刊行された。1930年代のブラジルでの旅の記録をまとめた紀行文だが、その文章にちりばめられた思想、特に優れた未開社会の分析と、ヨーロッパ中心主義に対する批判により後に本書は文化人類学、また構造主義におけるバイブルのひとつとなる。また、優れた文学作品としても受容され、20世紀を代表する文学作品のひとつとしてあげられることも多い。

ポストコロニアリズム
 20世紀後半、第二次世界大戦によりヨーロッパが没落し、世界が脱植民地化時代に突入すると、それまで植民地だった地域は次々に独立を果たしたが、こうした旧植民地に残る様々な課題を把握するために始まった文化研究がポストコロニアリズムである。ポストコロニアリズムの旗手エドワード・サイードが著した『オリエンタリズム』(1978年)の視点がポストコロニアル理論を確立した。
      (以上、関連「ウィキペディア」を参照した。)

 サイードと作家の大江健三郎さんはよき友人であったことは知っている。作家の池澤夏樹さんもその流れをくんでいると思う。『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』を河出書房新社から刊行中である。10〜11月の毎月曜日、教育テレビ<知る楽 探究 この世界>で「池澤夏樹の世界文学ワンダーランド」全8回を放送中で、毎回ぼくは興味深く聴いている。

 * (長くなるので、続きは明日)
●保護者と就学相談
●同上
●校章部会出席


勇気

2009年11月04日
 今朝はこの秋一番の冷え込みだろう。通勤途中の畑一面に大きな霜柱が立っている。

 朝8時から富士見駅前で、11月の全国青少年健全育成強調月間にあわせて、街頭啓発を行い、啓発のチラシとティッシュを配布した。
 富士見町名のチラシには、

◎笑顔と勇気をもって、子ども達に、まず一声
 ○「おはよう」「さようなら」「きをつけて」「それやめたほうがいいじゃないか」、まず一言かけてみませんか

 ぼくは、あいさつで、先月末の夜7時ころ、同じこの場所で目撃した事例を述べた。その内容を翌日5日の「長野日報」(富士見版)は次のように書いている。
 《小林教育長は、同駅前で実際に目撃した青少年のけんか騒ぎの事例を報告し、「大勢の住民の目で青少年を見守ってほしい」と呼び掛けた。》

 6,7人の青少年が取り巻いている中で、一人の少年がげんこつで強打されている現場に出くわした。見て見ぬふりはできない。遠巻きににらみ続けた。周囲に誰もいない。ただ立っているだけで勇気がいる。
 「なに見ているんだよ〜!!」
 パンチを食わしていた少年がぼくに向かって凄(すご)んだ。それでもぼくは退かなかった。そして、携帯電話を取り出して・・・。思わず「おやじ狩り」を連想して、後を追いかけてくるのではないかと緊張もしている自分に気づく。

 チラシの「それやめたほうがいいじゃないか」、まず一言かけてみませんか。―このことを実行することは生易しいことではなかった。(4,5日記)

保育園からの贈り物

2009年11月04日
 今日、保育園から焼き芋が届いた。教育委員会事務局全員で美味しくいただいた。この季節、どの保育園でも「美味しいね、美味しいね」と歓声を上げてサツマイモをほおばっている園児の笑顔がみられる。晩秋の光景である。

 先週は、ロンドンに研修に行ってきた園長先生からチョコレートと英国旗の模様の付いたキーホルダーを贈られた。
 いずれも外出中でお礼を申し上げることが出来なかった。この場を借りて、ありがとうございます。

 11月号の保育園だやよりが各園から届けられる。イラストがいっぱいのお便りを詠んでいると、園児の生活が手に取るようにわかる。
 ・手洗い・うがいの習慣をつけましょう!!
 ・さつまいも掘り
 ・忍者ごっこ
 ・祖父母参観日、おいしいカレーができました!!

 どれもこれも二度とない子ども時代(ルソー『エミール』)の原体験を大切にしてほしい。

 愛読書であるルソー『エミール』(岩波文庫)をひもといた。 《人間よ、人間的であれ。子どもを愛するがいい。子どもの遊びを、楽しみを、その好ましい本能を、好意をもって見守るのだ。口もとには絶えず微笑がただよい、いつもなごやかな心を失わないあの年ごろを、ときに名残惜しく思い返さない者があろうか。あの純真な幼い者たちがたちまち過ぎる時、ふたたび帰ってこない時代、子どもたちにとって二度とない時代、すぐに終わってしまうあの最初の時代・・・》(上巻・101〜102ページ)

●「AiAiつうしん」Vol.44(10.25発行)にぼくの乳幼児家庭教育学級第1回公開講座「乳幼児期・少年期に大切なこと」の要旨が掲載されている。要領よくまとめられていて感心しました。
●AiAi訪問。幼子が出迎えてくれた。教育委員長と打ち合わせ。
●町長ヒアリング

「子ども学」への期待

2009年11月03日
 この秋いちばんの冷え込んだ朝。
 5:28、今朝もほぼ定刻に新聞受けにコトリと音がする。新聞配達屋さん、ありごとう。
 
 ぼくも大学生時代に新聞配達をした経験がある。どれくらい続いたか正確には思い出せないが、短期間であったことは間違いない。一時のやる気だけで続けられるようななまやさしい仕事ではなかった。

 今日は文化の日、祝日。役場へ行って原稿を書かねばならぬ。締め切りを明日まで延ばしてもらったのだから、やらねばならぬ。与えられた題は「『子ども学』への期―地方教育行政の立場から」。
 
 (注)白梅学園大学主催:第3回白梅子ども学講座
  子ども学―対象をめぐる課題の探究と子どもへの期待
11/14 子ども・人間とは―比較保育学の立場から―
12/12 乳幼児期の子どもの権利―国連子ども権利委員会『一般的見解』を中心に―
1/23 子どもの貧困―研究状況と課題―
2/20 子ども学への期待―地方教育行政の立場から
3/13 本学の追究する「子ども学」とは―大学院教育にもふれながら―

 もし順調に書き上げることができたら、どこか近くのひなびた温泉にでも行ってゆったり浸ってみたい。
 午後3時過ぎレジュメを送信!

いわし雲

2009年11月02日
 天気予報はさかんに今日は寒気が流れ込み相当冷え込むと繰り返している。東京も寒いと繰り返している。
 今日は、上京の日。厚着をしていく必要があるだろうか?迷ったが、ぼくらはいつも寒冷地に生活している人種なのだ。過剰反応は止めることにした。

 晩秋の富士見高原。家を出ると満天のいわし雲。お〜、思わずカメラにパチリ。
                         *
 帰路、午後6時前、中央道小淵沢辺りでみぞれが降り始めた。あたりはすっかり暮れたがもうすぐ富士見だ。
   淋しさの底ぬけて降るみぞれかな  内藤丈草     (『大辞泉』)

プロフィール
〜「教育長日記」創刊の辞〜
(2008/8/16)

管理者:小林 洋文

カレンダー
10 | 2009/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
最新の記事
記事をキーワードで検索
全記事(数)の一覧表示
全タイトルを表示
QRコード(携帯用)
QR